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6月2日から5日間,New Yorkで世界小児心臓学会が開かれ出席した。第1回はロンドンで1980年におこなわれ,5年ぶりの開催である。アメリカ,カナダのみならずヨーロッパや日本からも多数の参加があり,世界の有名な小児循環器専門医や心臓外科医のほとんどが出席して盛会であった。毎日,午前中はplenary sessionで最近のトピックスに関してその方面の第一人者の講演があり,いながらにしてこの5年間の小児循環器の最新の知識が分かりたいへん有益な会であった。その中でいくつかを上げてみると,「画像診断の進歩」ではとくに我国で開発されたカラードップラー断層エコーがSahnによって紹介された。またNMRのすばらしい画像がHigginsによって示された。「カテーテルを用いた非外科的治療」では,肺動脈狭窄や大動脈縮窄に対してバルーンカテーテルにより狭窄を拡げるangioplastyや,レーザー光線カテによる心房中隔切開術や血栓の融解治療が紹介された。「大血管転位の手術法はなにを選ぶか」ではCastaneda,Jatene,Barratt-Boyes,Starkなどの一流の心臓外科医が議論をし,今後はJatene法,Leco—mpte法が主流となることが示された。この他,トップの心臓外科医としてFontan,Danielson,Ebert,Kir—klinらの参加がみられ,東京女子医大外科の今井教授もCooley,Norwoodらに互して「複雑心奇形の手術」のdiscussに参加された。「新生児肺高血圧」では新生児循環生理研究で有名なRudolph,Rowe,Olley,Fried—manらよりプロスタグランヂンに加えロイコトリエンに関する最新の情報が示された。「川崎病」も国際的なトピックスとして取り上げられ,川崎先生が川崎病全般について,私が心血管障害について講演するよう招待された。川崎病に関しては一般演題として我国からも多数出題されていたが,外国からの演題も半数近くあり,欧米諸国の関心が高まってきていることを示している。「心血管系の発生,発達」の最新の話題がAnderson,vanPraagh,Talnerらの司会でNadal-Ginardの心筋の収縮蛋白ミオシンの分子発生学的研究が述べられた。彼はNadasの後任として最近ボストン小児病院(ハーバード大)の小児循環器科の主任となった人であるが,臨床家でなく分子生物学者である。ハーバードの人事は世界の学問の分野に色々の意味で影響を与えると思われるが,今後の研究の方向を示す,日本では考えられないような思いきった人事である。Kirbyによる心血管の発生に関するneural crestの役割や,Rudolphにより新生児循環の発達とホルモンの関係,特に動脈管にステロイドホルモンが,心筋の発達に甲状腺ホルモンが関与していることが示された。さらに「終末的心臓病」として心臓移植で有名なShumwayによって「小児の心臓移植」の必要性と問題点が述べられた。最後にNadasがclosing remarksとして,従来の循環器病学からさらに分子生物学,遺伝学,免疫学などの幅広い学問分野を包括して今後発展する必要性が示唆され,感銘深い講演であった。午後は15くらいの分科会に分かれて一般演題発表があり,日本からも多くの演題が採用されており,我国の小児循環器のレベルが向上してきたことを示している。ただ感じることは,まだplenary sessionなどに選ばれるようなoriginalな研究が少ないことと,また逆に日本の良い仕事が外国で十分知られていないことである。そのためには物真似の仕事でなくcreativeなものを求める研究心の養成が必要であると同時に,こちらの持っているものを良く知ってもらうために若い研究者に積極的に国際的な場に出たり,一流のjournalに投稿するくせを付けさせることも大切であると感じた。
この会のあと以前からの約束もあって,コロンビア大,ボストン小児病院(ハーバード大),トロント小児病院(トロント大),ロス小児病院(USC大),アインシュタイン大などで川崎病のGrand Round (大講義)をやってきた。特にトロントは私が17年前に留学した所であり,毎水曜日の朝8時からのGrand Roundに聞き手として出席していた思い出の所であるが,今回講師として招かれ名誉なことであった。どこに行っても川崎病に対する関心は高く,特に心血管障害や治療,成因に関しては活発な質問をたくさん受けた。すでにアメリカではCDCが数年前から川崎病の疫学調査を開始しており,またNIHが川崎病の治療研究に200万ドル(約4億4千万円)の研究費を出してスタートしている。一方お膝元の我国では厚生省,文部省の研究費を合わせても3千万円くらいで,それをまた多くの研究者で分けるため我々の所にはごくわずかな研究費しか回ってこない。日本では研究のソフトウェア(アイデア,システム),ハードウェア(研究費,設備)ともにまだ本物になっていないという感じを強く受けた。
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