Japanese
English
- 有料閲覧
- Abstract 文献概要
- 1ページ目 Look Inside
はじめに
レオロジー(rheology)は,「物質の変形と流動に関する科学」であるとして定義づけられている。古典的物性論においても,もとより変形と流動は論ぜられてきた。しかしその焦点は,フックの法則(Hooke's law)にしたがう理想的弾性変形や,理想流体の流動,あるいは理想的粘性流動——ニュートン流動(Newtonian flow)——にしぼられていた。しかしながら,これらのみごとに体系化された理論を実際の事物に応用しようとすると,多くの場合ごく大まかな近似としてしか役に立たないのに気づくであろう。これらの理論の前提条件が,現実の事物の性質とへだたること遠いからである。
外力に対して弾性(elasticity)——外力を加えると変形するが外力を除くとまたもとの形にもどる性質——を示し,流動しない物体を固体といい,いかに小さい外力に対しても流動を示すのが液体である。ところが,一見固体でありながら時に流動し,一見液体でありながら弾性を示す物質はたくさんある。たとえば,明らかに固体である氷から成る氷河は,長い時間はかかるが"流れる"ことが知られている。生体の粘液は力を加えると流れるが,急に力をとりのぞくと反対方向にもどる弾性を示す。銅や鉄の針金も,一定度以上の力で曲げるか,一端を固定して長時間水平に保持すると復元しない永久変形がのこる。この永久変形は内部に流動がおこったことを意味する。
このように,弾性と粘性の両面をあわせ持つ性質を粘弾性(viscoelasticity)という。換言すれば,レオロジーは粘弾性の科学である。そして,われわれがいろいろな領域で実際とり扱かう物質の多くは,単純な粘性液体,弾性体ではなく粘弾性体である。ことに高分子——生体の構成要素の大部分はこれに属する——においてこの性質は特に著しい。さらに,上にあげた例からも明らかなように,粘弾性の発現の仕方は観測の時間単位——観測時間(time scale)という——によって変化する。すなわち,固体とか液体とかいう状態が確然と定まっているのではなく,観測方法によって左右されるようなものがたくさんあるのであって,物質の力学的特性は広いタイムスケールにわたって研究されなければならない。ここにレオロジーの顕著な特色がある。
本稿の目的は,血液循環の力学的解明にレオロジーがいかに用いられ,そしていかなる成果をあげてきたかを概観することにあるが,その理解を容易にするために,レオロジーのもつとも基礎的な事項の若干をえらんで,まず簡単な紹介,解説を行なうことにしたい。
Copyright © 1969, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.