巻頭言
真夏の隨想
熊谷 洋
1
1東京大学
pp.531
発行日 1955年9月15日
Published Date 1955/9/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1404200275
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講義や学生実習や,来訪の人々などから解放されて何にもわずらわされずに読書乃至は瞑想にふけれる夏休が来るのは,1年中でも最も楽しい時の一つである。ところが毎年この解放期になると,自然の圧力が加わつてくる。30℃を越す極暑を,心頭を滅却出来ない愚鈍の筆者にはまことに重荷である。折角の瞑想も兎角停滞し勝となる。ところが去る8月3日午後の寒冷前線通過のお蔭で,どうやらくるいかけた脳髄の働きも,一応健常にもどつた思いがする。筆者が医学から基礎医学,ひいては生物学の研究にたずさわつてから,もう4半世紀になる。その間一体何を目あてにして来たのだろうか?それは人類の健康と幸福への貢献!と一応反射的に返答は出てくるが,さてその手段は,そして生物学とは何か?と又くりかえし自問自答してみる。研究の対象が生きもの,動物であるということは,そのまま生物学の研究を意味しないのではなかろうか。生物学の研究とは実験を通して生命現象に本質的なものを汲みとる事の様である。ところがこのことは云い易くして,実は体得し難いことである。これこそ生命現象の実体だといきおい込んでつかまえたものが案外偶然的のものであつたりする苦い経験は愚鈍の筆者がしばしばなめた所である。又分析の方法にとらわれてしまつて定量的資料にげんわくされて細胞膜の存在を顧慮しなくなるというあやまちも侵したにがい経験もある。
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