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はじめに
「呼吸困難感」(dyspnea・dyspnoea,shortness of breath,breathlessness)とは,主観的なものであり,呼吸をすることが,すなわち吸息あるいは呼息を行うことが容易ではないという感覚,あるいは呼吸に伴う不快感・苦痛を指すものである.一方,「呼吸困難」とは,客観的に見て呼吸をすることが困難そうな状態(respiratory distress)を指す場合が多い.呼吸困難感には,運動時などで換気が亢進しているにもかかわらず呼吸筋疲労や気道狭窄のために呼吸が追い付かないという感覚(shortness of breath),安静時でも重症の呼吸器疾患などのため換気運動自体が苦痛であるという感覚(respiratory discomfort),息こらえや二酸化炭素吸入などの際にもっと大きい呼吸をしたいという感覚(air hunger)も含まれる.また喘息発作では胸部の圧迫感を,パニック障害では不安感を,心筋梗塞や肺塞栓症では胸痛・胸部圧迫感を伴うことがある.
呼吸困難感は,様々な異常環境,病的な精神状態,肉体的疾患に伴って出現し,患者にとって大きな苦痛となるため,呼吸困難感を軽減させることは,臨床上,極めて重要である.ただし,呼吸困難感は呼吸状態の異常を脳に伝えてそのことを意識させる警報としての生理的意義を有するものである.実際,人工呼吸を要したり意識消失を起こしたりという,いわゆるnear fatal attackの発作歴を有する気管支喘息患者では呼吸困難感が減弱している例が少なくない1).すなわち,呼吸困難感は,呼吸が生体の恒常性維持のためには不適切な状態となっていることを高位中枢が感知し,呼吸負荷を減らすような行動を促したり,高位中枢から下部脳幹部呼吸神経回路網への下降性の呼吸促進性神経ドライブを増強することにより呼吸状態の悪化を防ぐことに役立つ重要な生体防御機構を担っている.しかし,呼吸困難感は慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease;COPD)などの呼吸器疾患をはじめ,肺うっ血を伴う心不全,貧血などでは,特に労作時に増強し,それら患者の活動度(activity of daily life;ADL)を低下させ,ひいては患者の生活の質(quality of life;QOL)を低下させる.呼吸困難感は,進行した肺癌,重症の急性肺塞栓症,間質性肺炎・肺線維症,肺炎などの患者では,安静時であっても耐えがたい苦痛となる場合がある.したがって,これら患者の呼吸困難感を軽減することは日常の臨床において重要であり,また呼吸困難感を軽減させる新しい治療法を開発することは医学上の重要課題である.ただし,呼吸困難感の出現機序は病態によって異なり,また,末梢および中枢の様々な神経受容機構,大脳における認知機構,さらに精神状態も関与した極めて複雑なものと考えられる.したがって,呼吸困難感を訴える患者には,例えば一律に酸素吸入を行わせたり,抗不安薬を投与すればよいというものではなく,疾患毎に,さらには,個々の患者毎に,その呼吸困難感出現機序を考察したうえで適切な対策を選択・実施することが重要である.本稿においては,換気の維持・調節機構を概観したうえで,呼吸調節神経機構からみた呼吸困難感の出現機序について,まず,総論的な機構を解説し,次いで,代表的な各種病態における呼吸困難感の出現・知覚機序とその対策を述べる.
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