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はじめに―生体の構造と機能に関する私見
生体は構成要素の立体配置を周期的に変化させることにより機能を発現する.蛋白分子にあっては構成要素は原子であり,原子の立体配置(コンフォメーション)を変えることで活性化と失活性の過程を繰り返す.肺や心臓のように,流体の輸送をその機能とする臓器においては,構成要素(肺胞壁,心筋線維)の立体配置の周期的な変化により,呼吸や循環がなされる.細胞内の代謝過程やシグナル伝達も,細胞内における分子のコンフォメーション変化と位置変化の複合現象である.したがって,生体の機能を理解するためには,1)対象を構成する要素を知る,2)構成要素間の幾何学的な関係を知る,3)構成要素間の関係が時間的にどのように変化するかを知る,ことが必要である.1)はいわゆる要素還元的方法で,2)と3)を加えることで,対象をシステムとして理解することが可能になる.2)が「構造」であり,3)が「機能」であるから,構造を記述するには3次元空間座標が,機能を記述するには4次元時空座標が必要である.
簡単な例として,立方体について考えてみよう.「6枚の合同の正方形からなる」というのは1)である.この情報だけでは,あらゆる空間配置が許されており,立方体ができるのは偶然である.ここで,「各々の正方形はそれぞれの辺をそれぞれ異なるただ一つの正方形と共有する」という条件を加えると,立方体だけをつくることができる.「各々の正方形は互いに辺を共有する」というような緩い条件(必要条件)では,立方体「だけ」をつくることはできない.「かたち」とは,このように構成要素間の関係が厳密に定義されて成立するものである.つまり,「かたち」自体がシステムである.
次に,この立方体を動かしてみよう.形を変えないで並行移動をする場合は,要素間の関係は全く変わらない.「生きている」とは感じられない運動である.仮に,辺の長さを固定して辺と辺の間の角度を周期的に変化させると,匍匐前進のように移動することができる(図1).これが移動という「機能」のからくりである.「からくり」という大和言葉は,関係や方向を意味する「から(絡)」と周期的な時間の流れを意味する「くり(繰)」という語からなる.「くり」の表す時間は,直線的な時間の流れではなく,周期性で特徴付けられた量子的な時間である.生体は周期性を持つことで,恒常性と可塑性の双方を実現している.解剖学者の三木成夫はこれを「形はリズムである」といった1).
実は,「かたち」という大和言葉も「かた」と「ち」からなる.「ち(霊)」は霊力を意味する(「いのち」,「いかずち」など).つまり,「かたち」という語は,固定された構造ではなく,変形能を持つことを意味している.「ちから」という大和言葉は「ち」と「から」からなる.解析力学は,これを「ポテンシャルエネルギーの勾配ベクトル」と表現する.つまり,これらの4つの単語(かた・ち・から・くり)は,物理学の4つの基礎概念「空間」,「エネルギー」,「作用」,「時間」に見事に対応している.さらに,「かたち」,「ちから」,「からくり」という複合語は,これらの基礎概念の組み合わせによって,世界のいろいろな射影が表現されることを示している.われわれ日本人のなかには,科学は西洋からの借り物で,日常からかけ離れた難解な学問,という思いが強い.しかし,古代の日本人が物理学の主要概念と概念間の関係を明確に表現したことを思えば,また,そのような言葉を現代もなお日常的に用いていることを思えば,日本の科学に独自の深みと広がりがあることを私は信じて疑わない.
そこで,生体の4次元現象を「かたちからくり」“KataChiKaraKuri”と呼ぶことを提案したい.「かたち・からくり」と分離すれば,これは幾何学と運動学である.「かた・ちから・くり」とすれば,時空における力のありよう,すなわち「力学」である.さらに「かたちの(できる)からくり」とすれば「形態形成」である.生体は数十億年の進化の歴史を経て形成されたものである.個体発生においても,受精卵から成体に至るまでの形態形成の過程を経て構造と機能が成熟し,さらに,加齢や発病という「かたちの(変わる)からくり」が起こる.「かたちからくり」は生体のあらゆる4次元現象を表す語として最適と考える.
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