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はじめに
診療行為の評価に際して,医療経済学的視点の重要性が近年わが国でも盛んに唱えられるようになった.これは医療技術そのものの効果だけでなく,効果を得るために必要な費用も同時に評価するものである.すなわち,限りある医療資源を使って最大の利益を社会全体に生み出すための方法論であるが,裏を返せば,国民医療費の急増に伴う国庫財政の窮迫に対して何らかの打開策捻出が急務になっていることを物語っている.その要因として,医療技術の発展に伴う医療単価コストの上昇もあげられるが,それ以上に財源供給の主体を成す勤労者層人口の減少と医療費支出の大部分を占める高齢者層の急増という,医療財政上の収支バランスの不均等が最大の背景であることは自明である.したがって,循環器領域全体としての医療経済学的検討を行うにあたり,高齢者層の疾患構造分布を把握することが重要と思われる.
高齢者社会の急速な到来とともに,わが国での循環器疾患も急激な構造変化を来している.虚血性心疾患をはじめとする加齢性心疾患とその終末像としての心不全の増加が著しく,人口動態統計1)による心疾患の病因別にみた年次別死亡率からもその動態がうかがえる(図1a).慢性心不全に関してみると,信頼すべきコホート研究の代表であるFramingham研究2)において患者は75歳以上の高齢者から多発しており,前述したわが国での年齢別の心不全死亡率(図1b)からも年齢分布の累積的増加の態度を示し,心不全は急性疾患から慢性疾患へその「すがた」を変貌させつつある.
一方,前述のFramingham研究によれば,うっ血性心不全を有する患者は生存率が極めて低く,5年生存率は男性で40%,女性で55%,10年生存率は男女とも20%以下であった.驚くべきことに,この自然歴は癌患者のそれよりも不良である.参考までに,これまでに報告された心不全の予後に関する内外の統計を表1にまとめておく.予後不良な慢性疾患群においては,医療費支出の多くを占める入院診療機会が増えるとの宿命があり,これは医療単価の底上げを伴うことを意味する.残念ながらわが国における心不全のまとまった自然歴の報告は極めて少ないが,医療厚生財政の今後の適正な指南が求められている今だからこそ,有病率をはじめとする全国規模での心不全の実態調査の早急な実施が望まれる.
いずれにせよ,心不全は今や医療経済学的に重要な位置を占めていることは疑いようもない事実である.
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