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1971年にSellinkによるexamination of the small intestine by means of duodenal incubationという小冊子が出版されて以来,小腸のX線造影法は一変した.いわば本書の入門編と言えるものであるが,小腸の新しい造影方法を記したoriginalityの高い本であった.もちろん,われわれもその著書をもとに現在の小腸二重造影法に取り組んだのである.胃と大腸の二重造影法はほぼ完成していたが,小腸だけが聖域として取り残されていた.それまでは病変の少ないことや検査法の繁雑なこともあって,あえて挑戦しようとするものが少なかった.いや何人もの業績はあるが,すべて経口的にバリウムを飲ませ充満像を追跡したものである.ただ1970年に出版されたMarshakの「Radiology of the small intestine」が,従来の方法で多数の小腸疾患を集めた唯一の名著とされていた.Sellinkは特殊なカテーテルを使って十二指腸まで挿入し,造影剤を薄くして大量注入し,ときには水または空気を注入し,小腸全域を1本の管として写し出したのである.もちろん小腸全域を写し出す時間も非常に短くなり,ルーチン検査としての小腸造影法を確立したと言える.1982年に出版されたこの度の大著は,撮影法の基本は全く変わっていない.ただ前著書を見たとき,小腸病変がほとんど見られない正常像ばかりであったことと,二重造影像ではなく薄層法をほとんど用いていたことがちょっと気になった.果たして小腸病変のあるときに,正常例のような美しい写真が撮れるかどうか疑ったからである.日本ではその後,小腸二重造影像としてSellinkの原法は応用されていったが,少なくとも炎症性小腸疾患に関する限り,現在では日本のほうがはるかに病変をきれいに写し出すようになっている.しかし,彼の原法が消えたわけではない.日本人特有の応用のうまさと原法以上のものを作り出す器用さにあるのだろう.小腸二重造影像と本書のような小腸薄層法とどちらが優れているかは,今後の結果をみなければわからないが,隆起性病変を探し出すには薄層法のほうが優れているかもしれない.そのあたりの二重造影像の欠点にも本書は触れている.しかし,いずれにしても日本の小腸二重造影法の生みの親がSellinkである.そして,本書を一読すれば,この10年間のうちにいかに多くの小腸疾患を彼の方法で見付けたかがわかる.つまリルーチン検査として十分役に立ったことを立証している.その点では,小腸造影の方法論にしても小腸疾患のX線像の良さにしてもMarshakを凌駕している.消化器の専門家はもちろんのこと,一般実地医家にとっても貴重な専門書であると同時に教科書でもある.小腸の画像診断は,内視鏡のやりにくい所であるためX線造影が最も診断能力を発揮する所である.今後は,集大成されたSellinkの本書と日本の小腸X線像,殊に二重造影像との優劣を競うことになろう.しかし,小腸疾患の数と種類では,欧米は日本にまさっている.本書の小腸疾患の像を参考に,目本がこれにまさる小腸のX線像を撮り,小腸疾患のX線診断を完成させることも時間の問題だと思っている.
しかし,非常に細かい所まで手の届いた綿密な実験と観察と体験による本書は,ある意味では日本人好みの本である.外国の消化管のX線診断を扱ったものとしては,近年あまりみられない名著と言えよう.
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