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昭和41年,広島の病理学会に出席した研究室のK君が村上教授の御発表をテープにとって帰って来た.テープから流れ出す悪性サイクルという言葉を聞いた時,なんとまあ上手い表現をしたものだと,感嘆した.筆者は昭和38年に内視鏡上潰瘍が急速に縮小した時点で手術された症例が,組織学的に割りに小さなⅡcの中心部が良性再生上皮におおわれた潰瘍瘢痕であることを経験し,これを当時の早期胃癌研究会に発表したが,帰りぎわに,崎田博士が近づいてこられて,たしかにこういうことがありますよと賛意を表してくれたことが鮮やかに私の脳裏に残っている.この現象を胃癌の表面変化と名づけて研究室の同僚と一緒になって一例一例一生懸命あつめて,既にかなり集めていた時であった,村上教授が良性潰瘍の経過と比較して悪性サイクルと命名されたのである.虚をつかれてハッとしたという表現がピッタリの心境であった.正に言い得て妙というべき命名である.九大癌研の今井教授の御指導のもとで,この表面変化のテーマで組織像を研究していたH君に“君早くかかぬから先をこされたネ”となげいたものであった.しかし,その後文献をあさるうちに,米国の内視鏡学者が,少数例ながらすでにこの現象に気づいており,しかも縮小した潰瘍は再生上皮でおおわれている事も記してあり,その時は本当にガッカリすると共に妙に感心もしたものである.とまれ,今や悪性サイクルの現象は,少なくとも胃癌の診断学にたずさわるものにとって周知の事実となって来たが,その間,この現象は病理学者の潰瘍癌の判定規準に大きな問題を投じたし,また陥凹型早期癌の自然史についても多くの事を我々に教えてくれた.今初めて集大成された本号が出るのであるが,ゲラ刷りを手にして感慨新たなものがある.
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