iatrosの壺
Yさんの心身症
小出 尚志
1
1倉敷記念病院内科
pp.175
発行日 1996年11月30日
Published Date 1996/11/30
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1402905512
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心身症の患者さんを診るときは,いつもより少し丁寧に診察して,しかる後,「うん,これは病気ですね」と威厳をもって肯定します.しかる後,「痛いけれどよく効く注射」とセルシン®筋注を試みます.有効ならば内服処方し,「注射と同じ薬」を強調して「必ず効きます」と駄目押しします.これは,人心掌握のスペシャリストとの噂の高いS先生に教えて頂いた診察の極意の一つです.
Yさんは40代後半の愛敬のある小太り顔の患者さんで,相当に変わっていました.「先生,目が見えないんです」と,両手で宙を掻き分けまさぐりながら診察室へ入ってきたのが初診でした.心身症(ヒステリー?)の診断にて,例のごとくセルシン®の筋注をしたところ著効しました.Yさんは過分な謝意を述べて帰られました.その後も,まっすぐ歩けないと四つん這いになって入ってきたり,両耳に手を当てて耳が聞こえないとか,あるいはふらふらすると壁にへばりついて蟹の横歩きで入ってきたり,訴えもしぐさもバリエーションに富んでいて外来の有名人でした.セルシン®筋注は彼のあらゆる訴えに著効し,おかげで私も名医の評判を得つつありました.1年ほど経たころ,Yさんは「先生は信用できるから」と小声で話しかけてきました.「実は,私はスパイなのです.異星人から地球監視の依頼を受けています.先生もスパイになりませんか?私が推薦すれば大丈夫です」.私の目は点になりましたが,彼の顔は真面目でした.そして,続いて聞かされたYさんの妄想は実によく体系づけられていました.精神科医の診断は“典型的な”精神分裂病でした.
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