天地人
初心を貫く
万
pp.2187
発行日 1979年11月10日
Published Date 1979/11/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1402216308
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この五月初旬,中国の西安を訪ねて,次のような話を憶い出した.
西安がもと長安ともいわれた昔のことである.そこに住む財産家の一人息子が,親の死後,たちまち家産傾き落ちぶれて日向ぼっこをしていた.そこへ一人の仙人が現れ,彼に金を与え「これで一年間頑張ってごらん」という.一生懸命に頑張ったが,一年目,二年目ともに失敗し,引き続いて恵んでくれた三度目の金が物を言って,彼はその土地でも有数の富豪となる.綺麗な奥さんを貰い子宝にも恵まれるのであるが,いつも念頭を離れないのがかの仙人であり,何とかして恩に報いたいものと考えていたところ,山の麓の橋のほとりでぱったり出遇い,その意を伝えると,仙人は「それなら私の後についてきなさい.」山中深くすたすた歩いて,ある御堂の中へ連れていった仙人は「ほんとうに恩を返したいならば,今後いかなることがあっても声を出さぬこと,この約束を守ってくれ」こういって姿を消す.やがて日はとっぷりと暮れ,たった一人で残されたその淋しさはたとえようもない。そのうちに大蛇が現れて身体をしめつけたり,虎が喉元をねらって飛びかかってきたりして,さまざまの恐しい苦難にせめたてられるのであるが,仙人との約束を守るため一言も発し得ない.とうとう正体不明の賊につかまって鞭うつ呵責を受けるのであるが,沈黙に沈黙を重ねる.
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