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きのう・きょう・あした
服部 一郎
1
1長尾病院
pp.529
発行日 1966年4月10日
Published Date 1966/4/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1402201267
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ネコの茶わん
かつて短期間であつたがワラジをぬいだリヨン大学の故ドロール教授の後任教授であるビニヨン教授の医局員であるドルナーノ君がはるばると訪ねてくることになつてハタと弱つた。折悪しく福岡でがん学会がありすべてのホテルは満員であつた。しかたなく狭いアパートに泊まつてもらうことにした。遠来の客を迎えるので家内となるべく家具,調度品に日本調を出そうということになって,古いものを押入れの底から引きずり出して飾つた。ところがなんとかれは永年日本にあこがれていて,柔道初段で合気道もやり,生け花,茶道の知識はもちろん春画まで集めているという御人で,日本のことはたいていのことは知つていた。なれた身ぶりで畳の上にあぐらをかいて坐り,浴衣を着た姿は日本人より堂堂と板についていた。明日は帰るという夜,昔お世話になつた教授方に何かことづけをしようと思つて永年かかつて集めた自慢の古い油壷のコレクションのなかから,よいものを二,三選び出してこれではどうだというと,いつこうに喜ばず感心しないといいはるのである。そしてむしろわれわれがゲテ物という有田の赤絵がよいという。これは終戦後アメちやんたちがインキ壼としてよく買つていたものである。
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