疾病対策の構造
特定病因説の科学史(1)
長野 敬
1
1自治医科大学生物学
pp.650-652
発行日 1994年9月15日
Published Date 1994/9/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1401901114
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ちょうど半世紀前の1944年は,エイヴリー(O. T. Avery, 1877-1955)一門が肺炎双球菌の形質転換因子をDNAと同定して,論文を発表した年だった.また結核に対抗する驚異の抗生物質ストレプトマイシンを,ワクスマン(S. A. Waksman, 1888-1973)が放線菌から分離したのも同じ1944年.これらは,それまでにも世紀の初め以来一貫して傾向を強めてきた「特定病因説」の医学に,仕上げの駆動力を与えるブースターの点火であった.
特定病因説というのは,医学に詳しい科学ジャーナリストであるディクソン(Bernard Dixon, 1938)が『近代医学の壁—魔弾の効用を超えて(Beyond the Magic Bullet, 1978)』のなかで,現代医学の一つの傾向を批判的に論じた際のキーワードである.ある疾病にはそれぞれ特定の原因があるというごく単純な「真理」のことをいう.20世紀が進むにつれてなぜ真理だけでは間に合わなくなってきたのか,あえて言えば真理はなぜ破綻をきたしたのか.ディクソンは,手ごろな一冊のうちに,明快に説いて余すところがない.
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