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はじめに
在住外国人の母子への支援において,保健医療領域が抱える課題は長年継続したままで抜本的な解決に至っていない.その多くは「言語の違いによるコミュニケーション」に起因するものであるが,特に異言語話者間のミスコミュニケーションが相互理解を阻み,外国人患者に医療サービスへの不満や不信感をもたらしている.
医中誌(医学中央雑誌)Webで検索すると,外国人医療の中で「言語の違いによるコミュニケーション」に関する課題は,妊娠,出産,育児に関するものが多い.トラブルとなる事項として,妊娠期は妊婦健診への定期的な受診行動がない,内服薬が適切に内服されない,食事管理ができない,などがある.分娩においては,受診や来院のタイミングについて,例えば陣痛発来時や破水時,切迫症状があるときや胎児の異常を感じたときの連絡方法,さらに産後は,さまざまな価値観の違いから起こる授乳,新生児の世話の方法,入院生活のルール,などのトラブルがあげられる.母子の二つの命を同時に対象とすること,妊婦健診や出産に関わる費用が自費であること,日本人であっても訴訟になりやすい領域であることなどの理由から,外国人においても同じようにトラブルは起こりやすい.産科は他の診療科に比べて通訳依頼が多いという報告1)2)があることからもトラブルに発展しやすいことが推察できる.
母子保健だけでなく他領域においても「言語の違いによるコミュニケーション」は,常在化した課題である,解決されないままトラブルを引き起こし,患者満足度の低下,医療事故,医療費未払い,といったさまざまな問題につながっていく.つまり,このようなトラブルに発展させず,適切な医療を提供できるリスクマネジメントとしての対策が必要である.
近年,病院施設の外国人患者の受け入れ実績の調査は多く行われていて,調査した病院施設の約80%が外国人患者を受け入れた経験があり,それについての課題は「多言語対応」であると回答している3)〜5).
また,インバウンド(inbound:訪日外国人観光客)が増えてきたことから,その受け入れに対する調査も行われている5)〜7).外国人医療における調査の動向は困難さを集積しているものが多いが,その状況把握は重要である.しかし,もはや課題を確認しているだけではなく,取り組みとしての準備を具体的に進めていかなければならない時期にきている.わが国の人口動態は毎年約30万人ずつ減少しており,少子高齢化が進んでいる.少なくとも,外国人定住者は社会の一員として歓迎すべき人々であるし,むしろ日本人だけでは社会構成が崩れてしまうという危機感を持つ必要があるのではないだろうか.外国人は日本人の補完的な存在ではなく,共に生きてく生活者であることを念頭に置いて,さらなるダイバーシティ社会を迎えることへの意識改革と定住への受け入れ整備が不可欠である.
このような状況を受けた政府の動きを確認すると,2010年の政府が発表した「新成長戦略」8)の中に,21世紀の日本の復活に向けた21の国家戦略プロジェクトがあり,その中で初めて「国際医療交流」が取り上げられた.その内容は,外国人患者受け入れの拡大についてであり,①医療滞在ビザの新設,②外国人医師や看護師の受け入れ,③「外国人患者受入れ医療機関認証制度」(Japan Medical Service Accreditation for International Patients:JMIP)の創設,④医療言語人材の育成,などが掲げられ,これ以降,さまざまな事業が展開されている.しかし,これらの政策の焦点は大きな体制づくりであり,それぞれの施設でどのようなに取り組めばよいのかについてまでは言及されていない.本稿では,その必要な取り組みを論点としたい.当然のこととして,施設によって取り組みの規模や優先順位が異なるため,全てを整えることは困難であるがそれぞれの施設においてどのような対策が検討可能なのかに注目し,組織的に必要な取り組みについて確認していただきたい.外国人受け入れ準備の参考にしていただければ幸いである.
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