特集 悪性新生物の疫学
職業癌の諸問題
竹村 望
1
Nozomi TAKEMURA
1
1東京慈恵会医科大学公衆衛生学
pp.569-573
発行日 1981年7月15日
Published Date 1981/7/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1401206352
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■職業癌の教えるもの
英国医学の一つの特徴は,疾病原因の探究において疫学的思考がその基礎に存することであろう.1775年にロンドンの外科医Percival Pottが陰のう癌が煙突掃除夫に多いことを観察し,病因を職業環境物質としての煤にあるとみた報告は,今日の職業癌のみならず癌研究そのものの重要な礎石となった.この伝統的な疫学思考による研究の成果は,現代でのバーキットによるアフリカ・リンパ腫の原因探究の輝かしい業績に至るまでつづいている.職業癌におけるイギリスでの重要な疫学研究の一つに.1945年におけるCaseら1)の染料工業での職業性膀胱癌に関する業績がある.
これより先,1859年にドイツの外科医Rehn2)が,染料工場で働く労働者に職業性膀胱癌発生の可能性を示した重要な報告がある.アニリンから出発した染料化学は,ベンジジン,ベータ・ナフチルアミンなどの有用な染料中間体を開発して優秀な染料を生み,医学の面でも組織細胞や細菌染色の成功によって大きな進歩をもたらしたけれども,一方では多くの職業癌を生んだのである.前述のCaseらの疫学研究は第二次世界大戦直後の染料工業復興期に行われたものであるが,その研究結果は,染料工業全体での労働者の膀胱癌発生率は一般の人の30倍のリスクのあること,ベータ・ナフチルアミンを取り扱った者は61倍の高いリスクを,ベンジジンを取り扱った者は19倍の高いリスクのあることを示した.
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