日本列島
沖縄における麻薬禍
伊波 茂雄
pp.85
発行日 1975年2月15日
Published Date 1975/2/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1401204955
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沖縄県は,太平洋戦争終了後,米国のアジアにおける戦略上の要地として占領が継続され,各種の軍事基地が整備されてきた.昭和47年5月15日に沖縄県が日本復帰した際には,本県の陸地総面積の12.80%が基地に占有されている.この面積は在日米軍基地全体の面積の58.75%を占め,さらにそこにある米軍専用施設は全体の45.86%,一時使用施設は66.7%となっている.この米軍基地に在る軍人および軍属の数も多数で,海外への往来,特に東南アジア方面への往来も頻繁である.
このような状況が,沖縄における麻薬禍に大きな影響を与えている.すなわち,海外特に東南アジア各地からの麻薬の密輸入が,我国の法律の及ばぬ基地の特殊性と,その特権を利用して行なわれ,また,組織を通じて巧みに搬入と密売がなされている.麻薬事犯の取締りは沖縄県警察本部,厚生省麻薬取締官事務所,米軍捜査機関などがあたっているが,事犯の大半が外国人であること,米軍基地や組織を通じて巧妙に行なわれていることなどの理由で,その捜査,取締りと根絶は困難を極めている.
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