特集 地域保健活動と国民健康保険
地域活動
各地にみる国保の地域保健へのとりくみ
岩手県の場合
岩手国保のあゆみ—乳児死亡率ゼロをめざして
菊地 武雄
1
1岩手県国保連合会
pp.340-344
発行日 1967年6月15日
Published Date 1967/6/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1401203474
- 有料閲覧
- 文献概要
- 1ページ目
岩手県の乳児死亡率
第1表は岩手県の乳児死亡減少の既往5カ年の足どりである。表では昭和40年にはなかった,死亡ゼロ町村が,昭和41年では3町村,また1人死亡では8町村があり,昭和40年ごろにくらべて大きな躍進を遂げている。県下の市町村関係者は,"ひうえうま"の迷信による出生減が,死亡率にも及ぶであろうことを知ってはいる。しかしそれにもましてこのような成果に関心を注ぐ理由は,昭和32年に,県国保連がたてた"乳児死亡率半減運動10カ年計画"に市町村が足なみを揃えて,市町村自治体自体の保健活動を意識的に展開しつづけてきたためである。
乳児死亡ゼロの記録は昭和37年沢内村に始まった。1年間のうち5カ月は2メートル余の積雪にとざされ,交通機関がマヒ状態となると,村内の店々では,日常の消費する物価は3倍から5倍にはね上るやら,隣りは急に遠ざかり,隣家に火事が起きてもそれを救う手だてはないという始末である。ことに問題なのは急病人の出たときで,なんらの術もなく,かずかずの悲劇をずっと繰返してきたのであった。
Copyright © 1967, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.