人籟
松香私志—抄出
長与 専斎
pp.185
発行日 1965年4月15日
Published Date 1965/4/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1401203020
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〔1〕
安政元年,六月下旬大阪に着し,緒方洪庵先生の門に入りて束脩の儀を行ひ,日ならずして北浜の塾に寄宿しぬ。此の塾は適塾と称へ,四方より来り学ぶもの常に百人を超え,四時の輪講絶ゆることなく,当時全国第一の蘭学塾なりき。輪講は学生を八級に分ち,毎級月に六回の定日あり。籤を探りて当日の席順を定め,其首席者先づ数行の原書を講じ,次席より問をかけ順次末席に至る。一問毎に会頭勝敗を判ち,勝者には白点,敗者には黒点を附す。首席講義の役を卒りて其日の会を了す。さて一ケ月の点数を調らべ,白点の最多きものを其級の上席として毎月席順を改め,三ケ月続きて上席を占めたるものは進んで上級に移る。
されば輪講の勝敗は一身の面目非常の競争なれども,銘々字書頼みにて説を付け,一語一句たりとも私かに人の教を乞ふが如き卑劣のことをなすものなく,皆自分一己の工夫を凝らして学力を斗はすことなり。
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