人籟
松香私志—抄出
長与 専斎
pp.429
発行日 1965年8月15日
Published Date 1965/8/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1401203082
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〔4〕
本邦の医師は中古以来父子師弟相伝承して一家の私業となり考試の制とてもなかりければ,医制を創定するに当り,先づ試験の法を設けて其の資格を一定するは差当りたる急務にして擱くべきに非ざれども,全国三万有余の漢法医は皆深く其の家学を崇信し,西洋の事物といへばおしなべて忌み嫌ふこと頑固なる宗教信徒の如し。今若し急に西洋流の学科を以て試験法を設けたらんには信念の執着のみならず営業上の不利をも招くべければ,全国医師の苦情を醸さん事必然なり。物論頗る喧しくて深く心を悩ましたりけれども,此大本定まらざる限りは医務衛生の百般の事手を下すに由なく到底止むべきことにあらざれば,寧ろ速に断行して先づ大勢を制するに如かずと心を決し,八年二月其端緒を啓くこととなりぬ。即ち物理,化学,解剖,生理,病理,内外科及薬剤学の大意を試験の科目として之を掲げ,今後新たに医術を開業せんとするものには府庁の病院に於て試験を遂げしめ,其の成績を具状して免状を受け受験者に交附すべし,而して従来開業の医師は試験を要せず其儘に免状を与えて開業を許すべき旨,文部省より東京,京都,大阪の三府に達せられたり。
明くる九年の一月には更に内務省の達を以て試験法を普く各県に施行することとなりぬ。
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