特別講演
我國の結核豫防對策について
聖成 稔
1
1厚生省公衆衞生局結核豫防課
pp.4
発行日 1952年6月15日
Published Date 1952/6/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1401201045
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戰後結核對策の進展にともなつて,結核死亡率は急激に減少し,昭和26年度は1〜6月の推計よりすれば,年間の結核死亡數は10萬を割ることが略々確實となり,從つて明治後以來わが國で死亡統計のある間絶えず死亡原因の首位をしめていた結核が,その位置を中枢神經系の血管損傷にゆずつて始めて2位に下る見通しが立つに至つた。かてて加えて靑少年層における結核死亡率の減少は目覺しく,この原因はにわかには判定出來ないにしても,戰時中から相當強力に實施されたわが國の結核對策が奏效したと見ることが出來よう。
ときあたかも昭和26年4月1日より結核の豫防と適正な醫療を普及することを目的とし,從來の法的不備を整備し,進歩した近代醫學の活用を圖ると共に社會政策として患者の醫療費の輕減についても意を用いて立案された新しい結核豫防法が實施されることとなつた。しかし内容は如何にあろうとも實施にうつされてから日も淺いので,公衆衞生關係者の努力はもとより,各階層の協力を得て,この法律が一日も早く本格的な軌道にのることを願うものである。
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