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公衆衞生の旅
齋藤 潔
pp.213-215
発行日 1951年4月15日
Published Date 1951/4/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1401200820
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保健所のうつりかわり
保健所はこの度の旅行中,各地でいろいろの型のものを觀察した。保健所を見れば,その國の衞生行政の全体をうかがうことができるからである。筆者が20年前に見學した保健所は,未だ試驗時代のものであつた。そのやり方は一定地域に模範衞生地區を設定して,計畫された新しい衞生事業を實施するものであつて,私設の機關で經營されていた。又,當時の保健所の仕事も現在のもののような綜合的のものでもなく,乳幼兒や結核の保健相談が主であつた。これをHealth Unitとか,District Health Stationなどと呼んでいた。最近めざましく伸展した保健婦事業も,この時代ので經驗を積んで次第に發展したものである。昭和10年開設された,東京市特別衞生地區保健館は,當時のHealth Unitに範をとつたものであつて,仕事の内容は主として保健指導であつた。
社會事業でも,教育事業でも,すべて社會施設に於て,新しい計晝を實施する場合には,先ず時代の先覺者が創設經營し,その間に幾多の失敗を重ね,經驗を積み,公の手で税金で經營しても浪費も少いという見きわめがついてから,公營のものが動き出すのが常である。わが國の保健所は,これに反して最初から公の手で劃一的に出發したので,必ずしもそれぞれの土地に適合しなかつたり,經驗が十分でなかつたりして,多數の保健所のすべてが満足に動いていないのもやむを得ないことである。
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