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昨年12月6~8日に順天堂大学で第10回日本ヘルスプロモーション学会が開催されました.記念すべき第10回ということで,特別講演には,オタワ憲章(1986年)におけるヘルスプロモーションの概念の提唱者の一人イローナ・キックブッシュ博士が来日され,さらにオタワ憲章を翻訳し日本にヘルスプロモーションの概念を広めた島内憲夫先生(順天堂大学スポーツ健康科学部教授)が大会長を務められました.テーマは「ヘルスプロモーション再考~健康社会創造のデザインをめざして」.私も島内先生にお声掛けを頂き,準備委員会の一人として職域ヘルスプロモーションのシンポジウムの企画,座長を務めさせて頂きました.
まず初日は,イローナ・キックブッシュ博士を囲んで,座談会形式のサテライトシンポジウムが行われました.前半はイローナ博士から,HiAP(Health in All Policies=全ての政策において健康を考慮すること)の概念についてミニ講義が行われました.イローナ博士は,ドイツの病理学者Rudolf Virchow医師(1821-1902)の“Medicine is a social science”の記述を引用され,19世紀の時代から人々の疾病の原因は住居,水,栄養,教育,労働者の権利や安全と無関係ではいられないとし,現代でも環境への働きかけが大きな課題となっていることを示しました.その上でWHO設立(1948年),アルマ・アタ宣言(1978年),オタワ憲章(1986年)の流れを経て,2006年にフィンランドがEU議長国としてHiAPの重要性を位置づけ,先進国での政策決定の潮流になりつつあることが示されました.HiAP国際会議(2010年,アデレード),生活習慣とNCD(非感染性疾患)のモスクワ宣言(2011年),SDH(健康の社会的規定要因)のリオ政治宣言(2011年)とHiAPのムーブメントは続きます.HiAPが重要なのは,保健医療の人材や政策が孤軍奮闘するのでなく,あらゆる政策機会において健康増進が考慮されることにあります.WHOのSDHのレポートにもあるように,深刻な健康格差が進行し,これを食い止めるためには,医学的アプローチだけでは力不足です.例えば生活習慣病の予防を,医学的側面だけでなく,街づくり,学校教育,通勤・交通,労働環境,スーパーマーケット,外食産業などあらゆる面から捉えると,違ったアプローチが見えてきます.われわれも日々の産業保健活動や予防医療活動の推進に,HiAPの考えが必要ではないかと考えさせられました.後半は,筑波大学の阪本直人先生がファシリテーターを務められ,地域,職域,学校など様々なフィールドでヘルスプロモーション活動を実践している参加者からの質問タイムが設けられました.せっかくなので,私は「HiAPの概念は素晴らしいが,現実の世界は厳しい.例えば産業保健の分野で,経営層など影響力を持つ方への交渉はどう行うのか?」と,最初の質問を投げかけてみました.イローナ博士からは「交渉(ネゴシエーション)の技術は大変重要で,多くの専門職は実践やエビデンス作りは得意でも,交渉が不得手なことが多い.一度はカリキュラムに従って学ぶべき」と示唆を頂きました.
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