連載 世界の健康被害・2
生命力と愛
鎌仲 ひとみ
1,2
1多摩美術大学
2国際基督教大学
pp.158-159
発行日 2011年2月15日
Published Date 2011/2/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1401102037
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イラクの子どもたちに出会った
1998年初めてイラクを訪れた.NHKの番組を作るためだった.当時イラクはサダム・フセイン政権下にあり,経済制裁を受けていた.1991年の湾岸戦争から7年,戦争から復興する手立ても奪われ,首都バグダッドは暗く沈んでいた.急増する小児白血病のために新設された病棟を訪ねた.子どもたちは,“自分に何が起きたんだろう”というような表情でベッドの上に座っていた.3歳から7歳ぐらいが多かった.衝撃を受けたのは,今日会った子どもが,翌日にはもう死んでいなくなっているということだった.医療は根底から崩壊していた.経済制裁で抗がん剤のみならず,ありとあらゆるものが不足していた.がんや白血病にならなくとも,子どもたちは簡単に死んでいく.WHO(世界保健機関)は湾岸戦争から7年で,経済制裁が原因で60万人の15歳以下の子どもが死んだと推定を発表していた.その当の国連が,イラクへの抗がん剤の輸出を規制していたのだ.無力感をにじませた医師と,悲嘆にくれる親たちが病棟の空気を深く沈ませていた.そんな病棟で私は,14歳のラシャに出会った.
聡明で明るい女の子・ラシャは,不完全な抗がん剤の治療の末,院内感染で亡くなった.輸血もできなければ抗生物質もなかった.「何も感じない」と,そして「親愛なるカマ(彼女は筆者をそう呼んでいた),私のことを忘れないで」とメモを残して逝ってしまった.ラシャの死は,私の中に今も深く突き刺さり,私を動かし続けている.
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