視点
健康という幻想―リスク分散・バランス感覚の大切さ
福島 哲仁
1
1福島県立医科大学医学部衛生学・予防医学講座
pp.336-337
発行日 2008年5月15日
Published Date 2008/5/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1401101321
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私が大学生だった時に,ルネ・デュボス(著)『健康という幻想』という本を読んだ.この本は,いろいろな歴史的事例がたくさん書かれていて面白そうな反面,大変難解な文章で,学生だった私が詳細を理解するのは難しかったように記憶している.今懐かしく感じながらその本を手に取り,この「健康という幻想」という言葉の意味を再び自分に問い直している.
人類は,農耕を始めた1万年前と比較しても生物学的には進化をしていないと言われている.先進諸国の寿命の延長は,人類が遺伝子レベルで進化したのではなく,栄養状態や衛生状態の改善,医療の進歩などによってもたらされたのである.今日の治療医学の急激な進歩は,あたかも人類が「不老不死」の妙薬を手に入れつつあるかのような錯覚を覚えさせる.しかし,ひたすら低下を続けた日本の死亡率は,1985年あたりから増加に転じ,寿命の延長も限界に近づいている.一方,私たち人類の生活様式と病気との関係を考えてみると,ある病気を減らす生活様式が広まると,別の新しい病気が増えるという歴史を繰り返してきたと言っても過言ではない.近代の栄養状態や衛生状態の改善は,栄養失調や感染症を減らすことに大きく寄与したが,代わりに肥満や生活習慣病,アレルギー性疾患を増やしたとも言えるだろう.また医学の進歩によって新たな病気が発見され,昔の死因は老衰でよかったものが,そうは許されないのであるから,病気の数は増えることはあっても減ることはない.多くの人は最期は何か「病名」がつき,それが死因となるわけで,人類は病気とは縁が切れないように思われる.
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