連載 公衆衛生ドキュメント―「生きる」とは何か・19
―水俣病から50年①―水俣病を記録して45年
桑原 史成
pp.774
発行日 2005年10月1日
Published Date 2005/10/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1401100168
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来(2006)年の5月1日に,水俣病の公式的な発見から50年を迎える.
私が初めて水俣を訪れたのは,1960年の夏であった.この時点ですでに発生から4年が経過していた.当時,水俣病は不知火海の奇病とも言われた段階を過ぎ,チッソ(新日本窒素肥料)の水俣工場から排出された有機水銀が原因ではないかと報じられ始めていた.患者が多発した地域や住民は,漁村部落の漁民家族が主で,水俣湾内で獲れた魚貝類に起因しているであろうことは素人の私にも想像できた.
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