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特集 味と匂いの脳科学
Ⅱ.脳における味と匂いの情報処理と行動発現
匂いの生得的な価値の脳内情報処理
Computation of innate odor values in the brain
染谷 真琴
1
,
風間 北斗
1
Someya Makoto
1
,
Kazama Hokto
1
1理化学研究所脳神経科学研究センター
キーワード:
生得的行動
,
嗅覚中枢
,
情報処理
,
匂い価値
Keyword:
生得的行動
,
嗅覚中枢
,
情報処理
,
匂い価値
pp.336-340
発行日 2025年8月15日
Published Date 2025/8/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.037095310760040336
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適応的な行動選択は,外部刺激に関する多面的な情報の解析から始まる。例えば,刺激の物理化学的な情報の解析は刺激そのものの同定を可能にし,刺激が持つ価値の情報の解析はそれが個体にもたらし得る影響や将来起こり得る事態の推定を可能にする。後者の価値情報は経験によって更新されるが,各動物が生まれつき認識する価値も存在する。そして,この生得的な価値は匂い刺激に顕著に認められる。食物から発せられる匂いはエネルギー源の存在を意味するために生まれつき誘引性であり(正の生得的価値を持つ),天敵から発せられる匂いは危機を意味するために生まれつき忌避性である(負の生得的価値を持つ)。なお,誘因性・忌避性の度合いは連続的に異なるため,ここでは快・不快と二値化する場合に用いられる情動価(valence)でなく,量的な評価をする場合の価値(value)という言葉を主に用いることとする。
生得的な匂いの価値を嗅覚システムはどのように認識するのか,とりわけ脳内の神経回路は各ノードにおいてどのような演算をどのようなメカニズムで実行するのかを理解することは,神経科学における重要な未解決問題の一つである。本稿では,嗅覚回路の構造と機能が多くの動物で類似していることに基づき1),ヒト,齧歯類およびショウジョウバエにおいて,それぞれが持つ固有の利点を活かしながら推進されてきた,匂いの生得的価値の情報処理とその神経回路メカニズムの原理を追い求める研究の一部を紹介する。

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