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フィールド試行研究の勧め
帰国後の短期のバングラデシュ訪問では、早速、中央結核センター(一般にはシャモリのTBクリニックと呼ばれていた)にアッサン・アリ新所長を訪ねた。大きな机に座っていたアリ医師は立ち上がってドアまで私を出迎え、バングラ式のハグのあいさつをしてくれた。イスラム社会で抱き合うのは一般的なあいさつで、インドやネパールの、離れて両手を合わせて拝むようにするナマステのあいさつと異なる。
しばらく雑談してから、彼はまた、研究についての話を持ち出した。私は「どんな研究をしたいですか?」と尋ねた。彼いわく、「右と左の肺で、どちらに病巣が多いか、とか、BCGを接種した人の方が結核の治りが悪いのではないかとか」と、臨床家としての疑問を出した。そこで私は言った。「それらも大切な研究ですね。しかし、私は今のあなたに重要な研究を提案したいのです。」「それってどんなテーマですか?」穏やかな口調で彼が尋ねた。私は静かに述べた。「私が在任中、あなたが所長になる前ですが、バングラデシュの結核対策に関する新しい方式の導入やてこ入れのために、WHOの古知課長が調査団を送ってよこして、現状調査をされたのはご存じですよね。そのために私も、前任のセラジュール・イスラム氏らとマニックガンジのモデルなどを案内しました。現状調査や、今後の仕組みの在り方の提言作りのために、オランダの結核予防会KNCVの医師らが来ました。彼らが提言するやり方がどんなものか、プライマリ・ヘルスケアの仕組みに結核対策を組み込むために、この国でどんな仕組みが可能か詳しくは分かりません。WHOが進める方向は、今の結核専門クリニックを中心に行ってきた専門機関方式に対して、国中にある地域の郡保健センター(Upazila Health Complex: UHC)で、一般診療の中に結核の診断・治療が行える結核プログラムを統合するという仕組み、統合方式ですね。WHOは何らかのプログラムを組み立て、2年後にかなりトップダウンで予算と強権をもって、お宅はこれでやりなさいと国に迫ってくる可能性が高いです。そのときに、はい分かりましたと受けるだけでは情けないでしょう。自分たちで、新しい対策への試行経験をやってみて、こちら側からも必要な提言やWHO方式の実行上の意見を出すことが必要ではないでしょうか?」アリ医師は大きくうなずいた。

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