言語聴覚研究 16巻1号 (2019年3月発行)

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シンポジウム　摂食嚥下障害領域における姿勢調整の検証

座長記倉智　雅子 16巻1号 , 2019年3月 , pp.20-21

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　第19回日本言語聴覚学会において，摂食嚥下障害における姿勢調整を検証するシンポジウムを設けさせていただくことができた．貴重な機会を与えてくださった大会長の中野徹先生はじめ事務局関係者の皆様に，心より感謝申し上げる．

　わが国では，摂食嚥下障害に対するリハビリテーションに言語聴覚士がかかわるようになって30年余り，そして言語聴覚士法の中に嚥下訓練が言語聴覚士の業務として明記されてから20余年となる．この歴史の中で，最も広く頻繁に用いられてきた手技のひとつが姿勢調整(postural changes)といえよう．姿勢調整の手技は種類も豊富で，頭頸部の屈曲/伸展，体幹角度の調整(リクライニング位)，頭部回旋，頭部傾斜，種々の角度による側臥位などが挙げられる．患者への指導も比較的簡単な指示で済み，臨床現場での実施が容易であることから，高い実用性を有している．しかし，臨床現場の実状を改めて眺めてみると，科学的な根拠に基づいた手技の適用がなされているとは言い難い．例えば，スクリーニング検査で3mlの水を飲んだ患者がむせたとすると，直ちに「30°ギャッジアップ，ゼリー」(患者の体位を床面から30°上げたリクライニング位とし，摂取させる食物の物性をゼリーとすること)が選択されることがある．あくまでも患者の病態に基づいての判断であれば問題はないが，病態が十分に考慮されず，「30°ギャッジアップ」と「ゼリー」が万能な“安全姿勢”であり，万能な“安全な食品”であるとの思い込みが臨床家の根底にあると危惧されるケースも見受けられる．そのため，今回のシンポジウムは言語聴覚士が日頃用いている姿勢調整について，目的(意義)，効果や有効性(エビデンス)，臨床現場の現実や課題，適応とならない患者や疾患，今後の展望(将来求められる研究)などを検証するためのご講演を演者の先生方からいただき，さらには「言語聴覚士として心しておかなければならないこと」を会場全体で討論することを目指した．

摂食嚥下リハビリテーションにおける姿勢調整の意味と効果稲本　陽子 16巻1号 , 2019年3月 , pp.22-27

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　姿勢調整は嚥下障害患者に広く実践されている方法である．その目的は，重力を利用または空間を操作して，食塊の通過経路と通過速度を変化させ，誤嚥や咽頭残留の軽減をはかることである．重力を利用した姿勢にリクライニング座位，空間を操作する姿勢に頭部回旋がある．臨床場面では，重力も利用し，空間も操作したいときがある．その場合，単純にリクライニング座位と頭部回旋を組み合わせると誤嚥のリスクを高めることになる．なぜなら，リクライニングによる重力で，食塊が目的とする回旋反対側ではなく，狭まっている回旋側に誘導されてしまうからである．これを防ぐためには，リクライニング座位に体幹回旋を付加し頭部は正中を向いた姿勢を調整する必要がある．

　最適な姿勢調整は，安全性を確保しながら実際に「嚥下」を練習することを可能としてさらなる機能向上を促進する．姿勢調整は課題の難易度設定に不可欠な要素であり，代償という静的な概念を超えた「変容」のための一過程に重要な要素といえる．

摂食嚥下臨床における頭頸部の屈曲位—「顎引き嚥下」の効果とその機序兼岡　麻子 , 二藤　隆春 , 芳賀　信彦 16巻1号 , 2019年3月 , pp.28-33

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　顎を引き，頭頸部を屈曲させて嚥下すると，咽頭腔の形状や喉頭の位置，また嚥下動態は喉頭防御に有利なように変化する．よって，喉頭閉鎖が不十分である患者や閉鎖のタイミングが遅延する患者の誤嚥を軽減させる効果が見込まれる．一方，顎を引くことで咽頭収縮力は低下し，特に頭部屈曲位では食道入口部の開大が阻害されやすい．このため，梨状窩残留を認める患者では嚥下後の誤嚥を助長する可能性があり，注意が必要である．現在までに報告されている顎引き嚥下の効果は，頭部屈曲位，頸部屈曲位，複合屈曲位が混在した頭位によるものであり，各屈曲位の作用はまだ明確ではない．また，屈曲位別に顎引き嚥下の効果を検証した研究は，少数の健常者を対象にしており，得られた知見を嚥下障害患者へ一般化できるかどうか今後の検証が待たれる．

摂食嚥下臨床における頸部回旋嚥下の機序と臨床活用福岡　達之 16巻1号 , 2019年3月 , pp.34-39

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　頸部回旋嚥下は，摂食嚥下臨床でよく用いられる姿勢調整法のひとつである．即時効果として，咽頭の形状変化，食塊の流路変化，食道入口部の動態変化が得られ，球麻痺や一側の喉頭・咽頭麻痺などにより咽頭残留や食塊通過に左右差を認める症例，食道入口部の通過が不良な症例が適応となる．頸部回旋の角度に明確な規定はないが，30度以上で食塊は非回旋側を通過する割合が増加すると報告されている．咽頭残留の除去を目的に行う嚥下後頸部回旋嚥下は，非残留側に頸部を回旋して空嚥下を行う方法であるが，症例によっては残留側に回旋するほうが有効な場合もあり，画像評価による効果の確認が必要である．リクライニング位と頸部回旋の単純な組み合わせでは誤嚥のリスクが高まる可能性があり，体幹回旋を加える一側嚥下によって食塊のコントロールを考慮することが重要である．

摂食嚥下リハビリテーションにおけるリクライニング位の再考飯泉　智子 16巻1号 , 2019年3月 , pp.40-47

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　姿勢調整法は，摂食嚥下関連器官の構造を変化させ，食塊を送り込みしやすくして，安全に嚥下する代償法として，摂食嚥下障害のリハビリテーションで用いられている．いくつかの方法があり，仰臥位に近い体位をとるものはリクライニング位と呼ばれる．少量の液体などの摂取における誤嚥防止の即時効果が認められ，食物形態や一口量の調整と合わせて，摂食訓練で用いられている．その一方，咀嚼を要する食物を食べるメカニズムに対するリクライニング位の影響については，これまであまり論じられていない．しかし，この姿勢は，摂食訓練以外でも食事などで広く取り入れられている．リクライニング位が咀嚼嚥下に及ぼす影響を明らかにし，多様な食品を，より安全に食べるための研究が期待される．ここでは，リクライニング位による摂食嚥下機能の変調に関する，近年の知見に言及し，摂食嚥下リハビリテーションにおけるリクライニング位について改めて考えてみたい．

言語聴覚研究優秀論文賞

第9回言語聴覚研究優秀論文賞藤田　郁代 16巻1号 , 2019年3月 , pp.3

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　本誌を発行する一般社団法人日本言語聴覚士協会は，「言語聴覚研究」に掲載された原著論文のうち特段に優れた論文に対し「言語聴覚研究優秀論文賞」を授与しています．対象となる論文は過去2年間に本誌に掲載された原著論文のうち，筆頭著者が投稿時点で40歳未満の論文です．なお，以前に本章を受賞された論文は対象とはなりません．選考は本誌編集委員会が基準を設けて厳正に実施しています．受賞論文は一般社団法人日本言語聴覚士協会総会・日本言語聴覚学会において表彰いたします．

　「第9回言語聴覚研究優秀論文賞」は，2016年〜2017年(第13巻1号〜第14巻4号)の間に「言語聴覚研究」に掲載された対象論文18編の中から厳正な審査を経て下記の2編が受賞しました．

第9回言語聴覚研究優秀論文賞を受賞して佐藤　妙子 16巻1号 , 2019年3月 , pp.4-5

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　今回，このような栄誉ある賞をいただきましたことは，まったく予想もしない出来事であり，大きな驚きであると同時に身が引き締まる思いが致しました．

　本論文は著者が初めて執筆した論文であり，着想から論文が受理されるまでに途方もない年月が経過し，何度も途中で諦めかけました．そんな私が完遂することができたのは，大学院の指導教員であった藤田郁代先生の熱心なご指導と励ましによるところが大きく，挫けそうになるたびに何度も声掛けをいただきました．研究は自分のために行うのではなく，患者さんのために行うものであり，自分本位の研究を行ってはならない．したがって論文に書き上げることが言語聴覚臨床・研究に携わる者の使命であると自身を奮い立たせていました．

第9回言語聴覚研究優秀論文賞を受賞して佐野　剛雅 16巻1号 , 2019年3月 , pp.6-8

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1．はじめに

　このたびは，第9回言語聴覚研究優秀論文賞を賜り，本論文の共著者，データ収集にご協力いただいた検査者と児童の皆様，貴重なご示唆を賜りました査読委員の先生方，および本論文をご推薦下さいました審査委員の先生方に心より感謝の意を申し上げます．また，本研究は日本言語聴覚士協会平成28年度学術研究助成制度「若手研究コース」の助成を受け，言語聴覚士協会会員の皆様にもご協力いただきました．

　本稿では，本研究の背景および概要と，今後の展望について述べさせていただきたいと思います．

講演

言語の神経ネットワーク論と失語症の臨床経過石合　純夫 16巻1号 , 2019年3月 , pp.9-19

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　言語をはじめとする高次の脳機能と脳との関係を探求する神経心理学の考え方は，古典的な局在論から神経ネットワーク論へと変化してきた．画像診断の進歩により，詳細な脳の解剖学的部位だけでなく，課題により賦活される部位，また，皮質間等を結ぶ白質神経路の走行も明らかとなってきた．ここでは言語とその障害である失語症を取り上げるが，理論としての言語の神経ネットワークと病巣によって生じる症状とはよく対応する部分もあれば，対応のよくない部分もある．急性の病巣は周囲のネットワークまで機能低下を生じる可能性がある一方で，脳には可塑性や冗長性があり回復により神経ネットワークが回復する場合もある．我々は，これまでに集積された病巣研究の成果を振り返り，症候の経過を含めて，神経ネットワーク論に基づいた考え方を発展させなければならない．

症例報告

肢節運動失行と考えられる左上肢の拙劣症を呈した1例下地　康雄 , 前島　伸一郎 16巻1号 , 2019年3月 , pp.48-52

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　脳梗塞後に肢節運動失行と考えられる左上肢の拙劣症を呈した症例を報告した．症例は80歳代の右利き男性で，右中心後回に梗塞巣を認めた．意識は清明で，軽度構音障害と左中枢性顔面麻痺を認めたが，他の脳神経系に異常はなかった．左半身，特に前腕部から手指にかけての感覚低下と上下肢にごく軽度の左片麻痺を認めたが，独歩可能であった．WAIS-Ⅲでは言語性IQ94，動作性IQ83，全検査IQ88であった．失語や口腔顔面失行もみられなかった．行為では，左手での動作が模倣および指示下において拙劣であった．運動の誤り方は一定のパターンをとらず，手指の屈曲が不十分であった．本症例は，深部腱反射の亢進と体性感覚障害を認めるものの，視覚による代償効果がみられた．特にコップ持ち動作や手袋はめ動作に関して，本人に映像を提示した後，正しい方法を患者自身が言語化しフィードバックを促すことで，日常生活活動に改善を認めた．

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目次 16巻1号 , 2019年3月 , pp.1

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投稿誓約書 16巻1号 , 2019年3月 , pp.53

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投稿規定 16巻1号 , 2019年3月 , pp.54-55

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執筆要綱 16巻1号 , 2019年3月 , pp.56-57

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編集後記藤田　郁代 16巻1号 , 2019年3月 , pp.58

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　今冬，関東地方では少雨傾向でしたが，ようやく芽起こしの雨が降るようになり，春の近さを感じる候となりました．

　本誌は年々，投稿論文数が伸び，内容が充実してきていますので，今回はこれを支えている査読システムについて簡単にご紹介したいと思います．本誌では，1編の論文の査読を2名が担当しており，査読者は編集委員21名と査読委員23名の中から専門領域(成人言語・認知，小児言語・認知，聴覚，発声発語・摂食嚥下)を考慮して選定されます．査読者には，公平で建設的な査読ができること，高い専門的知識と確かな研究技法を身に付けていることが求められますので，論文のピア・レビューを受ける経験を何度も経験し，研究・臨床実績を積まれた方にお願いしています．査読の観点は，研究の倫理性，知見の新規性，研究方法の適切性，論理の明瞭性，論文の形式などで，査読項目があらかじめ設定されています．本誌では，査読者の判定が大幅に分かれた場合，第3査読者に査読を依頼します．これによって論文の最終判定の時期が遅れてしまいますが，査読の公平性を保つことを優先しています．現在，下記の方々に査読委員をお願いしています．

基本情報

言語聴覚研究
16巻1号
(2019年3月発行)

電子版ISSN：印刷版ISSN：1349-5828 日本言語聴覚士協会

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