臨床整形外科 53巻7号 (2018年7月)

誌上シンポジウム 膝前十字靱帯のバイオメカニクス

緒言 前 達雄
  • 文献概要を表示

 膝前十字靱帯損傷は,スポーツ活動において頻度の高い外傷で,放置によって半月板損傷や軟骨損傷を生じ,変形性関節症性変化に至ることがわかっている.そのため,手術成績の向上を目指し,解剖学,生体力学,および生物学的な研究が多く行われている.ただ,靱帯自体および付着部の解剖学的研究が進歩したり,生物学的に治癒促進ができたとしても,その最終評価にはバイオメカニクスが必須で,それらの知見を臨床に応用できるかどうかの重要な判断材料となる.一方で「バイオメカニクス」はとっつきにくく,敬遠されがちな分野であるが,整形外科の診療を行ううえで切り離せないものであり,逆に,「バイオメカニクス」にどっぷりと浸かってみると受け入れられるかもしれない.「バイオメカニクス」という言葉は,「再生医療」のような新しさはないが,内容は常に更新され,最新の話題に対する答えも導き出してくれる.膝前十字靱帯に関するバイオメカニクスの研究は,その機能の重要性から多数報告されていて,整形外科の中では進んだ分野の1つである.脛骨に前方への荷重や回旋トルクなどを加えた際に生じる現象を計測する研究が多いため,それら手法が理解できれば自然と理解ができる.

緒言 藤江 裕道
  • 文献概要を表示

 生体を機械の代表であるロボットと比較すると,骨は構造部材,筋はアクチュエータ,関節は軸受けに相当すると解釈できる.このうち関節は,関節面を形成する軟骨が圧縮に抗して関節運動を拘束し,近傍に存在する靱帯が突っ張って,軟骨では足りない関節運動の拘束を補っている.しかし,生体関節に相当する機械軸受けには,軟骨にあたる軸受け部材は存在しても,靱帯にあたる部材は存在しない.つまり,最も優れた機械といわれる生体の中で,少なくとも運動を構成する基本構造の中では,靱帯のみが一般機械には存在しない,特異な組織といえるのである.その特徴は,圧縮やせん断には暖簾に腕押しで,引っ張りだけに反応して張力を発揮し,関節運動を拘束する点にある.引っ張りだけに抗する典型的な部材はひも状構造体であり,これは圧縮やせん断に抗する一般部材と比べて圧倒的に小型,軽量,そして柔軟である.そのような特異な組織である靱帯を多数有しているのが膝関節であり,その中で最も過酷な力学環境に晒されているのが,本シンポジウムの主人公である前十字靱帯(ACL)である.

 残念ながら,ACLの損傷頻度は膝靱帯の中で際立って高く,しかも,損傷による個体の機能低下は大きい.そもそも靱帯は小型,軽量であるがゆえに構造強度が低く,柔軟であっても骨との連結部は力学特性が不連続に変化するため負荷が集中しやすく,損傷しやすい.加えてACLの場合は,関節運動に伴う形態変化が激しく,膝荷重の大半が作用するフェーズもあるため,さらに損傷しやすいのである.当然のことながら,損傷ACLの治療・修復レベルを向上させることが重要となる.そのために必要となるのがACLのバイオメカニクス研究から得られる様々な知見である.

  • 文献概要を表示

 解剖学的膝前十字靱帯(anterior cruciate ligament:ACL)再建術を行うためには,正確なACL付着部位置とその性状について理解を深めることが重要である.組織学的解剖研究は正確な付着位置や形態を観察することが可能で,その組織学的形態から付着部への力学的負荷を検討することができる.本稿では,靱帯付着部の組織学的,生体力学的特性について述べた後に,諸家の大腿骨側付着部の組織解剖についての報告を紹介し,脛骨側付着部の組織解剖については筆者らの研究について解説する.

  • 文献概要を表示

 関節力学試験ロボットシステムと画像解析システムを用いて,ヒト膝関節に前方力を作用させた際の前十字靱帯(ACL)の変形挙動を観察し,引張ひずみ分布を求めた.その結果,伸展位では前方力作用とともにACL全体が緊張し,前方力100N作用時の引張ひずみは,ACL全体で2.1%であった.これに対し,屈曲位では緊張部位がACL前方線維に集中し,前方力100N作用時の前方線維の引張ひずみは30°屈曲位で3.1%,60°屈曲位で5.0%であった.屈曲位では,ACL前方線維の大腿骨付着部上で線維の折れ曲がりが観察されたが,前方力が増大すると,この折れ曲がりは後方に移動しながら縮小し,前方線維の緊張部位が大腿骨付着部最後端に向けて伸展した.得られた結果は,ACLの力学機能を理解するうえで極めて重要であると考えられた.

  • 文献概要を表示

 Model-based image-matching(MBIM)法は,従来,視覚的分析に限られていた受傷シーンのビデオの詳細な解析を可能にし,非接触性ACL損傷のメカニズムの詳細を明らかにした.ACL損傷は接地後40ms付近で生じており,膝外反に伴う外側コンパートメントの圧迫力によって,膝内旋および脛骨前方移動が生じることによりACLが断裂する.また接地時からACL損傷時までの間,股関節は内旋位でほぼ一定であること,また足部は踵接地後足底が地面に固定されることから,接地時において股関節および足部によるエネルギー吸収が不十分となることから膝関節により大きな負荷がかかり,そのことがACL損傷に寄与している.以上から予防プログラムにおいて膝関節と股関節の両方に対するアプローチを行うこと,また接地前から危険を予知し,接地前の膝関節や股関節の動きをコントロールするための“feed-forward strategy”に焦点を当てることが重要と考えられた.

  • 文献概要を表示

 膝前十字靱帯(以下,ACL)は,大腿骨の外顆内側壁後方から脛骨高原の前方やや内側へ走行しているため,ACL損傷により脛骨は前方転位および内旋・内反する.特に前方転位は,脛骨への前方荷重負荷以外に,膝伸展位,大腿四頭筋の筋収縮,脛骨への垂直荷重負荷,そして下腿への重力負荷などによっても増大する.この作用を利用したACL損傷の評価は多くなされており,これらはACL損傷後の変形性関節症性変化の予防や,ACL再建術後のリハビリテーションプログラムを考えるうえでも有用である.

  • 文献概要を表示

 前十字靱帯(anterior cruciate ligament:ACL)損傷膝では関節内にさまざまな形態で遺残靱帯が存在する.この遺残ACLが膝関節の安定性に及ぼす生体力学的機能は不明な点が多い.本稿では,ナビゲーションシステムを用いて遺残ACLが膝関節安定性に与える影響を検討した.ACL再建手術を行った83名を対象に,遺残ACLの切除前後で脛骨前方移動量および回旋角度をナビゲーションシステムで計測した結果,遺残ACLは膝関節安定性に対して十分な生体力学的機能を認めなかった.したがって遺残ACLは,生体力学的機能ではなく,移植腱の成熟や関節固有感覚の改善を期待して温存を考慮すべきである.

  • 文献概要を表示

 屍体膝を用いて2束再建術(double-bundle;DB群)と2つの1束再建術の膝安定性を生体力学的に評価した.1束再建は,大腿骨骨孔を前内側線維束に作製するAM群,および大腿骨骨孔を前内側と後外側線維束の間に作製するSB群の順で行った.前方引き出し力負荷時の脛骨前方移動距離,および内旋トルク負荷時の内旋角度に関して,伸展位付近ではDB群とSB群はAM群より有意に低値であった.中間位では,DB群はAM群より有意に低値であったが,SB群とAM群の間に差はなかった.いずれの荷重条件においても,75°以上の屈曲角度では,3群間に差はなかった.

  • 文献概要を表示

 ロボット生体力学試験機を用いて,前十字靱帯(ACL)の解剖学的再建と非解剖学的再建との相違を解説する.正常膝と同等のlaxityを獲得するために必要な靱帯の初期固定張力を再建術ごとに求めた.解剖学的再建術は低い初期固定張力で前方引き出し試験や複合回旋荷重試験に対して前方制動を得ることが可能であり,その再建膝のキネマティクスも正常膝により近いものであった.換言すれば非解剖学的再建術でも,高い初期固定張力を与えれば前方制動は一見可能であるが,再建膝のキネマティクスは正常膝のそれと大きく異なる.

  • 文献概要を表示

目的:人工股関節全置換術(THA)後1日目のT字杖歩行(杖歩行)は安全かを検討すること.

対象と方法:術後1日目から杖歩行を開始する患者(早期群)と術後2日目から杖歩行を開始する患者(対照群)に無作為に分け,歩行時痛,炎症反応,転倒発生率,運動機能を比較した.

結果:歩行時痛,炎症反応,転倒発生率は,両群に有意差を認めなかった.また,早期群は,対照群と比較して杖歩行自立までの日数が有意に低値であった(p<0.05).

結論:THA後1日目からの杖歩行練習は,安全であることが示唆された.

  • 文献概要を表示

背景:ロコモチェック(以下,ロコチェック)はロコモティブシンドローム(以下ロコモ)の簡易なスクリーニングツールである.7項目中の陽性該当項目数が対象者の健康関連QOL(HRQOL)を反映するのか検討した.

方法:健康イベントで参加いただいた20歳以上の成人男女85名(20〜30歳:7名,31〜40歳:13名,41〜50歳:14名,51〜64歳:31名,65〜74歳:13名,75歳以上:7名)が対象である.アンケートでHRQOLの評価であるEQ5D,EQVASとロコチェックを施行した.また立ち上がりテストと2ステップテストを用いてロコモ度を求めた.

結果:ロコモ度1は35名(41.2%),ロコモ度2は5名(5.9%)であった.平均のロコチェック陽性該当数は,非ロコモで0.5,ロコモ度1で1.4,ロコモ度2で4.2と,ロコモ度が上がると該当項目数も有意に増加していた.ロコチェック該当項目数とEQ5D,EQVASの相関係数は−0.26,−0.30であった.

まとめ:ロコチェック該当項目数はロコモ度を反映している可能性を示唆した.しかしながら対象者のHRQOLとの相関関係は低く,ロコチェックを用いて対象者のHRQOLを推定するのは難しいと判断した.

  • 文献概要を表示

背景:在宅復帰を目指す回復期リハビリテーション病棟と地域包括ケア病棟における運動器疾患の治療成績については過去に報告がない.

対象と方法:骨粗鬆症性椎体骨折の保存治療に対して整形外科で入院した患者391名に対して,後ろ向きに両病棟における治療成績を比較した.

結果:両病棟間で治療成績に差は認められず,自宅復帰においては整形外科からの転棟時の日常生活動作(ADL)が影響していた.

まとめ:骨粗鬆症性椎体骨折の保存治療における在宅に向けたリハ治療は,包括ケア病棟における療養で十分に対応可能である.

  • 文献概要を表示

はじめに

 大腿骨頭軟骨下脆弱性骨折(subchondral insufficiency fracture of the femoral head:SIF[エス・アイ・エフ])は1996年に提唱された疾患概念であり,発症機転としては,明らかな外傷歴のないことが多く,疫学的には,骨粗鬆症を有する高齢女性の片側に好発する,と報告されてきた1-3).疾患概念が浸透するに従って,高齢者のみでなく,腎移植後4)や,両側発生例4),若年者5)にも起こり得ることがわかってきた.画像上,骨頭の圧潰をはじめ,多くの類似点を有することから,最も鑑別を要する疾患は大腿骨頭壊死症である6).両疾患ともにMRI T1強調画像での低信号バンドを呈するが,その形状が鑑別に有用であると報告されている6)

 本稿では,大腿骨頭壊死症との鑑別を中心とした,SIFの臨床的・画像的診断,治療,予後,最新の知見について述べる.

整形外科/知ってるつもり

アスリートの鼡径部痛 山藤 崇
  • 文献概要を表示

「スポーツヘルニア?」

 「スポーツヘルニア」という診断名を使用しておられるだろうか.

 古くからアスリートの鼡径部痛は,その原因の特定と治療に難渋してきた歴史があり,時代や国によりその病態に対する考え方が異なり,病態に対する呼称さえ統一されていない.日本においては1990年代頃,アスリートに発生する鼡径部の疼痛に対し,実際にヘルニアが確認されなくても「スポーツヘルニア」という診断名をつけ,外科的治療が積極的に行われた時代がある.スポーツヘルニアの呼称が使用された和文論文は現在でも散見されるもののその報告数は少なく,時代の推移とともにアスリートの鼡径部痛に対する診断や概念が変化していることがわかる.

  • 文献概要を表示

背景:慢性疼痛の治療には多角的評価が必要である.

対象と方法:変形性膝関節症患者41人にデュロキセチンを投与し,visual analogue scale(VAS),膝外傷と変形性関節症評価点数−身体機能簡易版(KOOS-PS),身体症状スケール(SSS-8),Michigan Body Mapを用いた疼痛部位数(MBM疼痛数)を調査した.

結果:VAS,KOOS-PSは8週まで低下傾向であった.SSS-8,MBM疼痛数も12週目で低下した.

まとめ:変形性膝関節症患者へのデュロキセチン投与は,疼痛のみならず膝機能や身体症状までも改善した.

  • 文献概要を表示

背景:3次元融合画像はCT,MRIなどの画像を融合して作成することで,従来画像に比べ病変と周辺構造の把握が容易で,手術計画に活用されている.

対象と方法:環椎後弓への浸潤を伴った滑膜肉腫の症例に対して,多時相で撮影されたCT画像を使用し,3次元融合画像を作成し手術計画を行った.

結果:3次元融合画像により環椎後方の腫瘍の組成,および腫瘍,腫瘍への流入血管,腫瘍近傍に位置する椎骨動脈と頭蓋骨の関係が容易に把握可能で,安全に手術を遂行できた.

まとめ:3次元融合画像は手術計画ならびに術中の解剖把握に有用である.

  • 文献概要を表示

 慢性再発性多発性骨髄炎(chronic recurrent multifocal osteomyelitis:CRMO)の診断に,全身画像検索(全身MRI,FDG-PET/CT)が有用であった症例を2例経験したので報告する.組織学的,細菌学的検査に加え全身画像検索により早期にCRMOの診断に至り,消炎鎮痛薬の投与で症状の軽快を認めた.CRMOに対して長期間の抗生剤投与や複数回の生検を避けるために,的確な早期診断が重要であり,全身MRI,FDG-PET/CTは有用であると考える.

  • 文献概要を表示

 外傷後腕尺関節癒合症の1例を経験したので報告する.19歳女性,高所から転落し受傷した.右肘頭骨折,右上腕骨遠位端開放骨折を認め,受傷10日目に観血的骨接合術を施行した.術後2カ月で腕尺関節が癒合したため,術後10カ月で関節形成術を施行した.分離部には反回骨間動脈を茎とする有茎筋膜脂肪弁を移植した.その後は屈曲110°,伸展−30°と可動域の改善を認め,腕尺関節の再癒合なく経過している.本症例では,外傷後腕尺関節癒合症に対して有茎筋膜脂肪弁移植を用いた関節形成術を行い,良好な結果が得られた.

--------------------

目次

欧文目次

INFORMATION 第6回 SKJRC SEMINAR

次号予告

あとがき 松山 幸弘
  • 文献概要を表示

あとがき

 今回,誌上シンポジウムとして「膝前十字靱帯のバイオメカニクス」が取り上げられた.私の専門は脊椎脊髄外科であるが,門外漢の私にとっても大変興味深い内容になっている.ここまで進歩したかと驚きを隠せない.脊椎脊髄手術との大きな違いは,ほぼ正常な可動域や筋力,安定性が保てるような再建術が可能となっている点である.私が研修医になったのは1987年で,すでに30年が経過しているが,卒業した当時を思い出すと,まだ膝の関節鏡がやっと始まった頃で,とても前十字靱帯の再建術などできるような時代ではなく,半月板縫合がやっとであったように思う.このシンポジウムを読むといかに膝機能解剖学の進歩やバイオメカニクス,そして受傷機転をmodel based image matching法などを用いての評価解析が進み,正常機能を持った膝前十字靱帯が再建されているかがよく理解できる.

 これまでスポーツ選手の中でこの膝前十字靱帯損傷を負って引退を余儀なくされた方も多い.野球ではあの清原選手も膝前十字靱帯損傷から引退への道をたどったのは記憶に新しい.今回のシンポジストは,皆さん多くのトップアスリートの治療を手がけているスペシャリストばかりであろう.こだわりが文章の中から伝わってくる.いかに正常機能に近づけた膝前十字靱帯を再建できるか,これはトップアスリートの運命を左右する大きな因子であることには間違いはない.

基本情報

05570433.53.7.jpg
臨床整形外科
53巻7号 (2018年7月)
電子版ISSN:1882-1286 印刷版ISSN:0557-0433 医学書院

文献閲覧数ランキング(
2月17日~2月23日
)