Neurological Surgery 脳神経外科 48巻3号 (2020年3月)

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 戦後,わが国はコストを抑えながら,質の高い医療へのアクセスが容易で,公費割合が比較的高く,均衡の取れた医師の地域分布を促進してきた.その成果はあったが,医師・医療職1人ひとりの自己犠牲により成り立ってきたシステムであり,時間外労働は度外視されてきた.われわれ世代の脳神経外科研修医時代の働き方は,早く一人前の術者になるために勤務時間外でも競って手術に参加してきた.病院に長くいる医師が先輩や看護師から褒められ,また,ハラスメントを受けることは当たり前で,手術中に手が出る先生も少なくなかった.そのおかげで育ててもらったと感謝しているが,今同じことをすると法律で罰せられる.当時は,医療の質,医療安全,インフォームド・コンセント,エビデンス・ベイスト・メディスンといった言葉もほとんど聞かず,今思えば成熟していなかった頃の医療と感じる.現在の医師には,従来業務とともに公共性,高度の専門性,技術革新と水準向上が求められ,仕事量は格段に増えた.過酷な労働環境での勤務が続くと,医師の心身の健康へ深刻な影響が出ることで離職や休職,残った勤務者へのさらなる負担増加へとなり,地域医療の崩壊に続く悪循環となる.地域医療だけでなく大学病院も,診療,教育,研究,生活するための外勤と果てしのない労働制度と言える.それらの是正と同時に,ITの発達,人の価値観なども変化し,医師の働き方改革が必要に迫られることとなった.本制度は2024年度には施行されるため,各病院で主治医制からチーム全体体制や,休日の体制の変化など少しずつ改善されつつある.私は,(一社)日本脳神経外科学会男女共同参画委員会,日本性差医学・医療学会にも所属しており,医師の働き方改革とリンクしている部分も多いため,この際,一緒に解決していければと考えている.

 学生には,自分の好きなこと,得意なこと,世の中に役に立つことを専門分野にすれば苦労は少ないと教えてきた.好きな趣味を仕事にすれば幸せであるが,少数派かもしれない.私自身は仕事をしていくうちに壁にぶつかり,痛い目に会い,それを越えたときに生きがい・やりがいが生まれ,熱中してきたように思える.熱中できることや感謝できることがあることは幸せと思っている.この考えに同世代は共感してくれると思うが——若い世代はわからないが——仕事のやりがいを感じれば苦にはなりにくく,天職と思えれば最高で,そこに働き方改革の考え方へつながる糸口があるように思える.

総説

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Ⅰ.はじめに

 乳児や小児の脳神経外科の麻酔・周術期管理には,年齢特徴の生理学・病態生理学を理解し,手術手技や麻酔薬が脳神経にどのように影響するか検討しておくことが重要である.特に小児の中枢神経の構造や生理学的な発達は,出生後に急速に変化する.解剖学的にも新生児・乳児は頭蓋骨の縫合が緩やかで大泉門が開いているため,頭蓋内圧(intracranial pressure:ICP)の上昇に対してコンプライアンスが高い.脳神経疾患は年齢により特異的であり,それぞれの病態の理解が必要となる.また,他疾患の合併などの考慮も重要である.さらに,より非侵襲的な手術手技として内視鏡手術が普及し,麻酔管理の対応も必要である.

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Ⅰ.はじめに

 フィブリン糊(fibrin glue:FG)と吸収性ゼラチンスポンジ(gelatin sponge:GS)によるくも膜形成(arachnoid plasty:AP)を用いた未破裂脳動脈瘤の開頭術後,術野周囲に遅発性脳浮腫を認めた2症例を経験した.本病態について,文献的考察を加えて報告する.

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Ⅰ.はじめに

 異所性右鎖骨下動脈(aberrant right subclavian artery:ARSA)とは,右鎖骨下動脈が左鎖骨下動脈分岐部より遠位の下行大動脈から起始する,大動脈弓の形成異常である.発生頻度は約0.5〜2.0%と比較的稀であり,ARSAを有する患者に脳血管内治療を行った症例の報告は少ない.今回われわれは,ARSAを有する患者の脳動脈瘤コイル塞栓術を経験したので報告する.

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Ⅰ.はじめに

 Erdheim-Chester(E-C)病は1930年にChester3)により初めて報告された稀な疾患で,長管骨に特徴的病的所見を呈する非ランゲルハンス細胞性組織球症の一型である4).本症は,非ランゲルハンス細胞系の組織球細胞が異常に増殖し,全身に浸潤し,さまざまな症状を呈する.本症の原因は不明であるが,近年,がん遺伝子であるBRAF遺伝子やNRAS遺伝子などの変異が認められるとの報告がある6,11,13).今回われわれは,鞍上部肉芽腫による右視力低下で発症したE-C病例において,肉芽腫の開頭摘出術を行った.E-C病の頭蓋内病変に対し開頭摘出術を行った報告は少なく,文献的考察を含め報告する.

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I.はじめに

 膠芽腫(glioblastoma multiforme:GBM)の多くは,テント上に発生することが知られているが,小脳の発生例は稀である.その症例数の希少さから,予後因子や生存期間が報告ごとに大きく異なるのが現状である.近年,病理学的特徴や分子細胞学的手法を用いた検討が進んできているが,治療成績や予後については未だ不明な点が多い.今回われわれは,小脳に発生したGBM 4例全例で髄膜播種を認め,うち2例では脊髄への転移を認めた症例を経験したため,治療方法や予後因子,再発後の進展様式などの特徴について,文献的考察を加えて報告する.

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Ⅰ.はじめに

 硬膜動静脈瘻(dural arteriovenous fistula:DAVF)の中でも頭蓋頚椎移行部硬膜動静脈瘻(craniocervical junction dural arteriovenous fistula:CCJDAVF)は比較的稀である4,13).CCJDAVFはくも膜下出血など頭蓋内病変で発症することが多く,脊髄障害で発症する例は少ない1,2,5,9,13).脊髄障害で発症する際も,頚髄もしくは頚胸髄のMRI異常信号を示すことが多く,胸髄以下のみに異常信号を示す症例は非常に稀である.今回われわれは,胸髄に限局するMRI異常信号を示す脊髄障害で発症し,局在診断に苦慮したCCJDAVFの1例を経験したので報告する.

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I.はじめに

 下垂体内に免疫組織化学的に分離することのできる2つ以上の下垂体腺腫が重複する病態は稀ではあるものの,剖検例や手術症例の検討で一定の頻度が存在することが報告されている3,9,13,14).産生するホルモンの組み合わせにより頻度が異なり,特にadrenocorticotropic hormone(ACTH)-growth hormone(GH)産生性の重複下垂体腺腫の頻度は低い2,5).中でも,先端巨大症とCushing病の臨床症状を合併した症例の報告は数例にとどまる1,18).今回われわれは,臨床的に先端巨大症とCushing病を合併したACTHおよびGH産生性重複下垂体腺腫の1例を経験したため,ここに報告する.

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Ⅰ.経験症例

 〈患 者〉 79歳 女性

 既往歴 特記事項なし

脳神経外科診療に役立つ薬物療法の知識

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Ⅰ.はじめに

 漢方医学は純粋に治療学であると言えよう.個々の生薬の薬効の発見から始まり,生薬の組み合わせによる効能が確認されたものが現在も使われている.極端に毒性のあるものや,急性期にまったく効果のないものは,長い年月の間に淘汰されたと考えてよい.

 そもそも漢方薬は,いわゆる西洋薬と異なり,単一成分のみではない.1つの生薬ですら多成分であり,さらに処方自体は超多成分系であり,いずれも含有量は微量である.西洋薬のように大量の単一成分が特定の部位に作用して治すのではなく,たくさんの成分がまとまって病態に介入し,患者の身体が治るような組み合わせを試行錯誤し,長い年月をかけてまとめ上げたものが漢方薬と言える.

 疾患を「原因—病態—症状」という一連の流れで説明するとすれば,漢方薬はこの「病態」に介入して治癒に仕向ける効果をもつと考えるとよい.したがって,病態が同一であれば,異なる疾患であっても適応になるし(異病同治),同一疾患でもそのときの症候の元となる病態が異なれば,それに応じた処方が適応となる(同病異治).

 漢方治療を学ぶ上で煩雑なのは,処方を選択する際,根拠となるソフトウェアが複数あることが原因であろう.基本概念は八綱(陰・陽,虚・実,寒・熱,表・裏)であり,急性期発熱疾患には六病位というソフトウェアを,非発熱性疾患には気血水というソフトウェアを適用させる.これに五行説や臓腑説が加わるが,そもそも科学に立脚しない哲学という側面があり,作用機序を漢方医学的に説明されても,現代医学を修めた医師にとってはなかなか納得できないことが多いと思う.

 そこで本稿は,先人が積み上げた知恵を拝借しながら,作用機序が解明されつつある処方を中心に,どのような病態に漢方が適応できるか,脳神経外科領域に絞って解説してみようと思う.

連載 脳神経外科と数理学

(3)グラフ理論 下川 哲也
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Ⅰ.はじめに

 今回は,本誌の連載「脳神経外科と数理学」の1テーマとして,「グラフ理論」を取り上げることにする.脳神経外科領域のみならず,脳科学全体においても,グラフ理論の研究報告を目にすることが多くなってきた.特に,磁気共鳴機能画像法(functional magnetic resonance imaging:fMRI)の発展とともに,脳活動を3次元的にミリメートル単位で計測することが可能となったこともあり,グラフ理論を用いた脳内ネットワークの研究はここ10数年精力的に行われてきた.日頃臨床に携わる多くの脳神経外科医にとって,グラフ理論の数理的な手法・解釈まではなかなか手が出ないというのが正直なところではないだろうか.

 本稿はまず,グラフ理論とは何か,歴史的な背景とともに紹介し,実際にグラフ理論を使う際に必要な最低限の数理と計算方法を紹介する.そして最後に,通常のグラフ理論では起こり得ない,脳ネットワークならではの注意点を紹介する.日々の臨床・研究に生かしていただければ幸いである.

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目次

欧文目次

略語および度量衡単位について

次号予告

編集後記 貴島 晴彦
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 本号の扉では,井川房夫先生が「医師の働き方改革,高齢化と今後の変化」と題して,医療を取り巻く社会の変化,特に高齢化の問題を取り上げ,さらに,人工知能に期待する未来を展望されている.働き方改革は,医療分野だけでなく多くの労働環境で叫ばれている課題であり,「多様な働き方を選択できる社会の実現」を目指すものであるとされる.医師の働き方改革は,方法であって目的ではないと思う.目的は豊かな社会生活の実現であり,働き方改革がどのようにわれわれの豊かな社会生活につながるのかを考えなければならない.ところで,「豊かな社会生活」とは一体何なのか.家族と多くの時間を過ごすこと,友と宴をもつこと,趣味を広げること,スマホでゲームに没頭すること,夜はコンビニが閉まっていること,給料が安くなること,出世がしにくくなること…….働き方改革のその先にあるものを想像してみたいと思う.

 その他,総説では鈴木康之先生から「小児脳神経外科の麻酔管理」について,小児の特性を理解し,管理することの重要性を詳細に記載していただいた.川村強先生からは「脳神経外科領域における漢方薬の使い方」という題で,とっつきにくいと思われがちな漢方薬を身近にもってきていただく論文を頂戴した.また,連載「脳神経外科と数理学」の第3回「グラフ理論」では,下川哲也先生に,脳内ネットワークの理論の背景から最近の脳機能解析の理解につながるように,極めてわかりやすくまとめていただいた.このように本号では,少し門外漢であっても世界観が広がる素晴らしい論文が掲載されている.

基本情報

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Neurological Surgery 脳神経外科
48巻3号 (2020年3月)
電子版ISSN:1882-1251 印刷版ISSN:0301-2603 医学書院

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