Neurological Surgery 脳神経外科 46巻4号 (2018年4月)

脳の水 山田 晋也
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 もう35年以上も前の話である.医学部を卒業して研修医となった私は,新設医大の3期生ということもあって,前例となる先輩や自分の行き先に見通しがなく,何もかも手探りのスタートであった.入局初日の救急外来での頭皮の傷の縫合は,見様見真似もなく,自己流で行った(傷はうまく治ったので許してください).1,200床を超える大学病院で,当時の脳神経外科の研修医は2,3名であった.この人数で1次救急から3次救急までの急患対応,外来診療,病棟管理,ICU管理,手術,挙げ句の果ては,夜には血液検査伝票をカルテに糊で貼り付けることも研修医の仕事とされていた.今ならすぐさまSNSで仕事環境が拡散され社会問題となろうが,当時はそんな手段もなく,周りがどんなか知らないと結構なんとかなっていた.

 その中でも,特に重要な仕事相手は,術後の脳の腫れの管理であった.当時は,術後に脳が致命的に腫れ,命を落とす患者さんが少なくなかった.脳ヘルニアを起こさないために,脳の容積のコントロール,すなわち脳の水のコントロールをするために,膠質浸透圧液,当時は,はやりのステロイド,脱水を試みたりして総攻撃である.外減圧,浮腫がひどい時には内減圧も行う.脳腫脹が数週間で引いていくことは知っていたので,その間,脳全体を開頭して硬膜を開けたまま水槽のようなものに入れておけないだろうかとか,血管からの薬剤でもコントロールできないなら,脳表からシッカロールで脳の水分を吸い出せないだろうかとか,誰も口をきいてくれなくなりそうだったので人には言えなかったが,結構真剣に考えていた.

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Ⅰ.はじめに

 脳動脈瘤破裂の結果としてのくも膜下出血は,その重篤さ故にもたらされる社会的損失が大きく,脳動脈瘤破裂を予防するためには,適切なリスク評価に基づく層別化と有効な治療介入が求められる.脳動脈瘤は,有病率が人口の数%と比較的高いことと,画像診断機器の精度の向上や普及,脳ドックの浸透などの医療状況により,近年,未破裂の状態で発見されることが増えている.すなわち,くも膜下出血を予防するための先制医療16)としての治療介入機会が存在する.これら未破裂脳動脈瘤に対しては,大きさや部位,個々の症例の背景因子などから,破裂リスクが一定以上高く,治療リスクが破裂リスクと比較して低いと推測される症例に対して外科治療介入が行われている.しかし,経過観察中に破裂により不幸な転帰を辿る症例や,外科治療により後遺症を来す症例,術中所見で壁が厚くとても破裂しそうにないことが判明する症例など,満足できる治療成果を達成できない場合も経験する.そのため,くも膜下出血の重篤さも考え合わせると,より適切な治療適応判断と治療介入が求められる.一方で,脳動脈瘤に対する薬物治療法が開発されていないことや,破裂危険性の高いいわゆる“危ない”瘤を術前に検出する質的な診断法が存在しないことなど,脳動脈瘤に対して現在の治療が十分に対応できているとは言い難く,その意味で脳動脈瘤はいまだunmet medical needsを有する疾患である.

 より適切に未破裂脳動脈瘤を治療し,くも膜下出血を減らすことは,脳神経外科医としての社会的責務であり,そのためには新たな診断法や治療法の開発が必要である.このような新規の診断法,治療法開発のためには,脳動脈瘤がどのように発生し,増大し,そして破裂するのかを十分に理解することが必須である.全身性エリテマトーデス(systemic lupus erythematosus:SLE)などの自己免疫性血管炎症例での脳動脈瘤発症率の上昇や,極端な例としては細菌性動脈瘤での急速な瘤の形成・進展などにより,脳動脈瘤が炎症と関連した疾患であることが推測される.実際に,近年のさまざまな検討から,炎症反応が脳動脈瘤の病態を制御・修飾していることが示唆され,脳動脈瘤が炎症反応に制御されるいわゆる炎症性疾患であるという概念が確立しつつある.また,炎症を標的として,新規の薬物治療法や診断法の開発も進みつつある.

 本稿では,上記のような現状を踏まえ,ヒト脳動脈瘤手術摘出標本を使用した病理組織学的解析,モデル動物を使用した検討,数値流体解析,遺伝学的解析,臨床研究など多面的な解析による現在までの知見を紹介しつつ,「炎症」という切り口で脳動脈瘤の病態に迫る.

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Ⅰ.はじめに

 椎骨動脈解離に伴う疼痛は,急性発症で一側性の激しい痛みが特徴的であるとされている11,12).しかし,近年の画像診断の進歩に伴い,日常臨床においてその診断率が高まるとともに,疼痛の性状が必ずしも激しい痛みでない症例に遭遇することがある16,18)

 今回,われわれは,疼痛発症の頭蓋内椎骨動脈解離の初期診断率をさらに高めるべく,その臨床像を再検討したので報告する.

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Ⅰ.はじめに

 脳動脈瘤に対するコイル塞栓術はその有効性が多数報告され,今後,破裂,未破裂例を問わず,ますます治療件数は増加していくと思われる.3mm以下の動脈瘤を「微小動脈瘤」,「very small aneurysm」あるいは「tiny aneurysm」と表現する文献が多く1,2),術中破裂の危険性が一般の脳動脈瘤に比べて高く,手技的にも難易度が高いとされる3,16,26).今回われわれは,当院で施行した3mm以下の微小脳動脈瘤コイル塞栓術に関して検証を行い,治療の現状や手技の工夫について,文献的考察を交えて報告する.

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Ⅰ.はじめに

 ラトケ囊胞は通常は無症状であるが,トルコ鞍内から鞍上部に進展し周囲組織を圧迫するようになると症候性となり9),多くは下垂体機能低下を来すが3,4),視機能障害も認められる.非腫瘍性病変であり,治療法は経蝶形骨洞手術(transsphenoidal surgery:TSS)による囊胞開窓術とドレナージで十分とされる.しかしmass effectが解除されても,視機能およびプロラクチン値改善率は良好なものの,他の前葉ホルモン値や尿崩症(diabetes insipidus:DI)の改善は困難とされ1-3),ホルモン補充療法を必要とする場合が多い.

 近年,内視鏡下経蝶形骨洞手術(endoscopic TSS:eTSS)は顕微鏡下手術に比し,新たな内分泌障害の発生率が低いという結果が得られている6).顕微鏡下手術では光軸の都合上,正常下垂体の存在するトルコ鞍腹側での開窓となり,下垂体前葉に割が及ぶため,内分泌機能の改善が得がたいのではないかと推測される.一方,内視鏡下手術はある程度任意の角度でのアプローチが可能であるため,顕微鏡下手術よりも正常下垂体を避けた囊胞の開窓が行えるためではないかと推察される(Fig.1).今回われわれは,当科におけるeTSS導入後のラトケ囊胞の長期的な内分泌学的予後の改善の有無について検討した.

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Ⅰ.はじめに

 腰痛の原因は多岐にわたり,画像検査で原因が特定できる特異的腰痛と,神経症状を伴わず原因が特定できない非特異的腰痛に大別される12).非特異的腰痛は全腰痛の70〜90%を占めるが,なかには各種の薬物療法,ブロック療法や理学療法などの保存的治療に抵抗性を示し,日常生活に支障を来す症例も経験する2,8,10).今回われわれは,慢性腰痛の原因が中殿筋障害であり,外科的治療によって良好な疼痛コントロールを得られた症例を経験したため,若干の考察を加えて報告する.

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Ⅰ.はじめに

 硬膜動静脈瘻(dural arteriovenous fistula:dAVF)に静脈洞の狭窄や閉塞が合併することはよく知られており,その因果関係に関してはさまざまな仮説が報告されてきた1,4,10).静脈洞の狭窄や閉塞は静脈灌流障害を引き起こし,頭蓋内圧亢進をもたらす原因となり,dAVFの病態に大きく影響する要素であるといえる.

 今回,われわれは頭蓋内圧亢進症状で発症した横-S状静脈洞部dAVFに合併したS状静脈洞狭窄に対して静脈洞ステント留置術を施行し,劇的に静脈灌流障害の改善がみられた症例を経験したので報告する.

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Ⅰ.経験症例

 〈患 者〉 60歳 女性

 既往歴 くも膜下出血(2004年に左内頚動脈瘤に対しクリッピング術を施行した),高血圧

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Ⅰ.はじめに

 てんかんとは,「種々の成因によってもたらされる慢性の脳疾患であり,大脳神経細胞の過剰な発射に由来する反復性の発作」を特徴とすることがWHOで定義されている.脳には,ニューロン,グリア(アストロサイト,オリゴデンドロサイト,ミクログリア)など種々の細胞が存在するが,このうちニューロンのみが活動電位を発生し,脳機能の遂行過程における情報処理に主体的に関わると考えられ,神経細胞群の病態解明が研究の主座におかれていた.しかし,近年では,活性化したグリアが神経変性疾患の進行に積極的に関与している可能性が提唱され41,45),また片頭痛発生のメカニズムとされる大脳皮質拡延性抑制(cortical spreading depression)にもグリアが関連する可能性39)が示唆されている.てんかんにおいてもグリアの役割が注目されつつあり,電気生理学的な観点では,てんかん患者の広域周波数帯域脳波活動(wide-band electroencephalogram:wide-band EEG)がグリアとニューロンの活動を反映している可能性が指摘されている21).デジタル脳波計の進歩により従来のいわゆるBerger帯域に加えて,1Hz以下の低周波数帯域の活動,200Hz以上の高周波数帯域の活動,つまりwide-band EEGの記録・解析が可能となったことにより,DC電位(direct current shift[DC shift], infraslow),高周波律動(high frequency oscillations:HFOs)といった新たな情報が得られるようになった37).前者はグリア由来の脱分極,後者は神経細胞由来の活動電位を反映すると考えられ,ともにてんかん焦点のバイオマーカー候補として注目されている.また,発作時DC電位・HFOのこれまでの知見を併せて考えると,てんかん発作の起始には両者が密接に関連している可能性が考えられる.

 本稿では,てんかん病態におけるグリアおよびニューロンの関与について,DC電位,およびHFOの発生機構,臨床的意義とともに概説していく.一方,これら両指標の記録・解析方法についても,今後多施設間で比較検討していくための標準化案を本稿後半で触れていくこととする.

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目次

欧文目次

お知らせ

略語および度量衡単位について

次号予告

編集後記 若林 俊彦
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 平成30年度が始まった.その幕開けとなる本号の「扉」は,東芝林間病院の山田晋也先生にご寄稿いただいた.研修医時代の苦悩から「脳の水」について研究を始め,新たな発見に翻弄されながらも自らの道を切り開き,自身が新たな発見者に辿り着くまでの過程は,まさに科学者の真骨頂である.不思議な縁で,山田先生と小生は研修医時代に数カ月間同じ病院に勤務していた.苦悩の連続であった忘れがたき青春時代に,医局で寝食を忘れて医学を語り合った熱い日々が,走馬灯のように蘇ってきた.各種利尿ホルモン,アクアポリン,グリンパティックシステム,paracrine systemの次に明らかとなる脳髄液循環代謝の真実で,脳の腫れがコントロールされ,脳神経外科医の術後管理が楽になる日が来るのは,そう遠くないのかもしれない.

 次の「総説」は,「炎症を通し脳動脈瘤を理解する」である.青木友浩先生は,脳動脈瘤が抱える問題の複雑さを,unmet medical needsとして,その謎を紐解く鍵として炎症に焦点を当て,多面的な研究成果より脳血管壁の慢性炎症性疾患により脳動脈瘤は形成されるとしている.ならば,脳動脈瘤の治療は炎症制御因子を標的とした薬物治療が可能となり,大きなパラダイムシフトが起こるかもしれない.「研究」は2編掲載されている.堀恵美子先生は5年以上にわたり症例を蓄積して検討した結果,急性劇症型後頚部痛で発症するのが典型的と思われている椎骨動脈解離には,実は非突発性で軽度な痛みで発症するケースが比較的多く,片側性かつ持続する後頚部痛などを本疾患の鑑別診断に加えるべきと注意喚起されている.また,前田一史先生は,直径3mm以下の微小脳動脈瘤に対するコイル塞栓術の具体的な手技の工夫と,その操作の注意点を丁寧に記載している.「テクニカルノート」では,伊藤美以子先生が,ラトケ囊胞の神経内視鏡によるeTSSの際に,下垂体機能温存を図るため,神経内視鏡の特性を生かし,ハイスピードドリルによる開窓部位を尾側端に持ってくる工夫を述べている.連載「機能的脳神経外科最新の動向」の第4回では,中谷光良先生が,Wide-band EEGを用いた焦点診断として,グリアとニューロンの特性を検証し新たなアプローチを提唱している.「症例」も興味深い報告が多く,「春眠暁を覚えず」どころか読み耽って「不眠症」にも陥りかねない.読み応えのある構成に読者の皆さんの満足度は如何であろうか.

基本情報

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Neurological Surgery 脳神経外科
46巻4号 (2018年4月)
電子版ISSN:1882-1251 印刷版ISSN:0301-2603 医学書院

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