Neurological Surgery 脳神経外科 45巻12号 (2017年12月)

時間考 郭 泰彦
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 Was ist denn die Zeit? —wesenlos und allmächtig—

 “時間とは一体何なのか.実体がないのに万能である/トーマス・マン『魔の山』から引用”

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Ⅰ.はじめに

 結節性硬化症(tuberous sclerosis complex:TSC)は,TSC1またはTSC2遺伝子の欠損を原因とする神経皮膚症候群の1つである.TSC1およびTSC2遺伝子にそれぞれコードされるhamartinとtuberinは複合体を形成し,Ras homolog enriched in brain(Rheb)のGTPase activating protein(GAP)として作用し,Rhebを不活性化することで,下流に位置するmammalian target of rapamycin(mTOR)を抑制し,細胞増殖を制御している6).そして,その機構の崩壊がTSCにおける腫瘍性増殖のメカニズムと考えられる.また,mTORが活性化されると神経細胞は興奮性を示すことも知られており,それがTSCに伴うてんかんや精神症状出現のメカニズムの1つであると推定されている.

 TSCは,顔面血管線維腫,難治性てんかん,精神発達遅滞が古典的三徴とされるが,これら以外に上衣下巨細胞性星細胞腫(subependymal giant cell astrocytoma:SEGA)による水頭症,腎血管筋脂肪腫(angiomyolipoma:AML)による腹部膨満や腫瘍からの出血,心横紋筋腫,白斑やshagreen patchに代表される皮膚病変,肺リンパ脈管筋腫症による呼吸不全などが,さまざまな組み合わせで,かつ異なる時期に発症してくる.これらの多様な表現形は,遺伝子型の違いによるものと考えられているが,体細胞変異も報告されており,遺伝子変化と症状・症候との関連は依然研究段階にある.

 TSCに伴う神経系の症状・症候で問題になるのは,てんかん,発達遅滞,行動異常,自閉症のほかにSEGAに伴う水頭症などである4,6).これらの症状・症候は難治性に経過することが多く,適確な治療法の確立が求められてきた.このような中,TSCに伴う種々の病態に対するmTOR阻害薬の治療効果が明らかとなり,本疾患の治療は新たな局面を迎えたといえる.本稿では,TSCの治療全般について解説するとともに,その中での脳神経外科治療の位置づけと,今後の方向性について述べる.

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Ⅰ.はじめに

 迷走神経刺激療法(vagus nerve stimulation:VNS)は本邦において2010年1月に薬事法承認を受け,同年7月に保険適用となった.先進諸国に比して遅れて導入されたが,現在では難治性てんかんに対する緩和治療の1つとして広く普及しつつあり,2016年半ばの時点で1,500台を超えるVNS装置が使用されている.VNS装置植込み術は薬剤抵抗性難治性てんかん患者のうち,直達手術の適応とならない患者すべてが対象となり得る.そのため適応は非常に広く,有効性も十分確認されていることから,今後のさらなる普及が見込まれる1,5)

 一方でVNS装置植込み術の合併症に関して,欧米からは1990年代より多くの報告があるが,手術方法,デバイスの違い,周術期管理の違いによって合併症発生率の報告にばらつきがある.また,長期間のフォローアップによって合併症が増加し得ると報告されているが2),これまでの報告は短期間の観察によるものが多くを占める.本邦において合併症を詳細に検討しているのは,下川らのVNS装置植込み術後の26症例における報告7)のみであり,VNS装置を留置した場合にどのような合併症が起こり得るのかについての報告は少ない.

 われわれは2010年12月よりVNS装置植込み術を行っており,2016年3月までに122件の新規VNS装置植込み術および17件のジェネレータ交換を行った.今回,1施設における多数症例のフォローアップで経験した手術合併症を報告するとともに,合併症の対処方法,回避方法に関して検討した.

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Ⅰ.はじめに

 周術期合併症の1つである静脈血栓塞栓症(venous thromboembolism:VTE)は,肺血栓塞栓症(pulmonary thromboembolism:PTE)とその原因のほとんどを占める深部静脈血栓症(deep venous thrombosis:DVT)の連続した病態からなる疾患である.手術患者のPTEの発症率は一般人口の約5倍と報告され7),開頭術をはじめ脳神経外科手術もVTE発症の危険因子である.最優先課題は重篤な状態となり得るPTEの予防であるが,術後のどの時点でPTEの原因であるDVTが発生しているかは多くの場合で不明である.今回,手術後早期に発生するDVTの頻度と特徴を明らかにするため,手術前後に下肢静脈エコーによるスクリーニング検査を行ったので報告する.

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Ⅰ.はじめに

 髄液鼻漏は,頭蓋底の骨や硬膜およびくも膜の連続性が破綻することで,脳脊髄液が頭蓋内から鼻内へ漏出する病態である.その要因はさまざまであるが,外傷性と非外傷性髄液鼻漏に大きく分類され,後者には頭蓋底手術に伴う医原性の病態や髄膜脳瘤,髄膜瘤などが含まれる.

 近年の内視鏡技術の発展に伴い,髄液鼻漏に対する外科的治療は経鼻内視鏡的アプローチが選択される場合が多い4,10,20,21).その術式は,瘻孔の大きさに応じて異なる閉鎖法が選択される.前頭蓋底腫瘍切除後のように,意図的に硬膜を切除する場合は欠損範囲が広いため,遊離筋膜および鼻中隔粘膜を用いたmultilayer closure(多層性閉鎖)を要するが,硬膜損傷が断裂程度の小さな損傷である場合は,onlayでのsingle layer closure(単層性閉鎖)で治癒が期待できることもある13).その一方で,瘻孔が中等度であり,遊離筋膜を硬膜内に敷き込んで縫合するほどの大きさではない場合,bath plug closure(フロ栓閉鎖)法が有効であると報告されている20,21).硬膜および硬膜内操作を要する手技ではあるが,副鼻腔手術の延長として耳鼻科医によって施行されることが多く,本法に関する脳神経外科医の認識は十分とは言えない.今回われわれは,当院における経験を通して,髄液鼻漏に対するbath plug closure法の実際について報告する.

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Ⅰ.はじめに

 頭蓋内血管における窓形成(fenestration)の発生頻度は,主に2-dimensional digital subtraction angiography(2D-DSA)で評価されていた時代には,0.03〜1.3%と報告されていた7,14,17).しかし近年の目覚ましい神経放射線診断機器の発達により,3 teslaのmagnetic resonance angiography(3T-MRA),computed tomography angiography(CTA),3D-DSAなどのモダリティを使用した評価では,その発生頻度が3〜28%とも言われており,実臨床で遭遇する機会は増えてきている2,4,6,8,16,20).しかしながら,頭蓋内血管の窓形成の臨床的意義についてはほとんど解明されていない.これまでの報告で,頭蓋内主幹動脈の窓形成と嚢状動脈瘤の合併例は散見されるが,解離性動脈瘤の合併例は極めて稀な病態である.今回われわれは,左椎骨動脈(vertebral artery:VA)の窓形成部に解離性破裂脳動脈瘤を合併した症例を経験したため,若干の文献的考察を加え報告する.

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Ⅰ.はじめに

 頭蓋頚椎移行部硬膜動静脈瘻(craniocervical junction dural arteriovenous fistula:CCJd-AVF)は稀な疾患であり,ミエロパチーやくも膜下出血で発症することが多いと報告されている.後頭蓋窩の脳実質内出血を来した症例は少なく,橋出血を来した報告は極めて稀である.今回われわれは,橋出血との関連が疑われたCCJd-AVFを経験したので,文献的考察を加えて報告する.

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Ⅰ.はじめに

 血管平滑筋腫(angioleiomyoma, or vascular leiomyoma)は,平滑筋が存在する全身のあらゆる部位に発生する良性腫瘍であり,主として下肢に発生するが,頭頚部領域での発生は少ない.今回われわれは,眼窩内に発生した血管平滑筋腫の1例を経験したため,文献的考察を加えて報告する.

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Ⅰ.はじめに

 本邦において頭蓋内の解離性動脈瘤は,非出血例,出血例ともに椎骨脳底動脈系に発生する頻度が高く(87.4%),内頚動脈系は少ない(12.6%)3).発症様式は,脳卒中データバンク2015によると,椎骨脳底動脈系,内頚動脈系で非出血例が多く,それぞれ71.5%,72.4%であった4).頭蓋内に発生する解離性末梢性動脈瘤は,通常,頭部外傷,血管炎,感染性心内膜炎に関係した細菌感染などにより発生することが多い.今回われわれは,非外傷性で,特に誘因なく発症した破裂中大脳動脈遠位部解離性動脈瘤(M2 inferior trunk)の症例を経験した.症例を提示し,中大脳動脈遠位部解離性動脈瘤の臨床的特徴と治療戦略について考察する.

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Ⅰ.はじめに

 後頭蓋窩に発生する外傷性急性硬膜下血腫(acute subdural hemorrhage:ASDH)は稀であるが,中でもテント上外傷性血腫や脳幹・小脳挫傷を伴う病変は極めて予後不良である5).今回われわれは,テント上外傷性血腫に併発した後頭蓋窩ASDHに対して,複数回にわたる外科的手術を要した3症例を経験したので,文献的考察を踏まえて報告する.

連載 脳神経外科診療に役立つPETによる診断法

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Ⅰ.はじめに

 認知症は高齢者の自立した生活を妨げる最大の要因である.現在世界では約5,000万人の認知症患者が存在すると推定されているが,なお3秒に1人の割合で増加している.西暦2050年までには世界の認知症患者数は1,300万人に達し,その約7割は中低所得国に分布すると考えられ,重い経済的負担が予測されている21).認知症の治療・予防法の確立は喫緊の課題であり,早期診断,早期介入の先制医療の実現が望まれている.

 認知症を臨床的に診断し,対症的な治療と介護を行い,最終的に病理学的に診断を確定する,という従来のアプローチから,早期診断あるいは発症予測に基づいた進行遅延,さらには発症予防へとシフトするためには,病態の存在や進行度をバイオマーカーによって客観的に捉え,診断根拠を補強する必要があり,positron emission tomography(PET)による分子イメージングはmagnetic resonance imaging(MRI)とともに主要な役割が期待されている.

 認知症の背景疾患は多数あるが,その過半数はアルツハイマー病(Alzheimer's disease:AD)である.変性性認知症としては,レビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies:DLB),前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia:FTD),進行性核上性麻痺(progressive supranuclear palsy:PSP),大脳皮質基底核症候群(corticobasal syndrome:CBS)などがそれに続く.近年,これらの疾患の診断基準に分子イメージングが取り入れられてきた1-3,11,15,31,32,43,50).PET分子イメージングの中でも,[18F]FDGによる脳ブドウ糖代謝評価とアミロイドイメージングは実用的な認知症診断技術としての有用性が確立しているが,保険収載は行われておらず,日常診療への普及は限定的である.しかし,今後,認知症に対する疾患修飾薬の実用化とともに,診療に不可欠な画像診断になると予想される.また,近年実用化研究が急速に進んだタウイメージングや,神経炎症におけるミクログリアの活性亢進を反映する18-kDa translocator protein(TSPO)を標的としたPET診断,レビー小体の構成成分であるαシヌクレイン(αSN)を標的としたPET診断の実用化も望まれている.本稿では,これらのPET分子イメージングの認知症診断における位置づけ,特徴と限界,今後の展望について述べる.

追悼

岩﨑喜信先生のご逝去を悼む 小柳 泉
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 北海道大学脳神経外科名誉教授,岩﨑喜信先生は,平成29(2017)年3月23日午前6時19分に特発性間質性肺炎のため逝去されました.発症して1週間あまりの急な経過でした.私の知る岩﨑先生のご経歴を紹介し,追悼の文とします.

 岩﨑先生は昭和21年2月10日に札幌で出生されました.昭和46年3月北海道大学医学部(以下,北大)を卒業され,同年4月に北大脳神経外科学教室に入局されました.昭和48年には半年間,米国から戻ったばかりの田代邦雄先生(北大神経内科初代教授)の神経内科グループにも加わり,北大神経内科の黎明期を支えました.

読者からの手紙

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 東京大学脳神経外科に1949年から1963年までに入院した,15歳未満の頭部外傷患者362例を検討した中村紀夫先生(東京慈恵会医科大学脳神経外科名誉教授)は,1965年に「小児の頭部外傷と頭蓋内血腫の特徴」について『脳と神経』誌に報告した7,8).症例を検証する中で,受傷時の外力エネルギーが小さい,程度の軽い衝撃でありながら,bridging veinが破綻し,重篤な急性硬膜下血腫を生じさせている小児特有の病態があること,網膜出血は合併する重要な所見であることなどを指摘している.外傷の程度は,よちよち歩きでの転倒やベッドからの転落などの例が挙げられ,「日常生活にちょいちょい起こるような偶発事故」,「打撲部位は後頭部が多い」とある.この病態は,のちに小児の急性頭蓋内血腫の第Ⅰ型として報告され9),「中村(の)Ⅰ型」として知られるようになった.

 軽微な頭部打撲による乳幼児の急性硬膜下血腫は,CTが普及し始めた1980年代以降,発見が早ければ救命率も予後も大きく改善した.私も35年以上フォローしている3例を経験している.

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欧文目次

お知らせ

略語および度量衡単位について

次号予告

編集後記 斉藤 延人
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 今年は7月までは気温の高い日が続き,猛暑の夏を予感させていましたが,8月に入ると一転して雨の日が多く,結局は猛暑日の少ない冷夏でした.また,10月後半に台風が連続して日本にやってくるなど,気象の変化が激しい1年でした.医療の分野では,来年度より日本専門医機構による専門医制度が始まるため,現在,専攻医登録が行われています.本号が上梓されるころにはその結果も出ていることと思われますが,研修医の診療科選択の動向が大きく変化すると予想されています.

 さて,本号の「扉」では,朝日大学の郭泰彦先生が「時間考」と題して考察されています.人の感じる時間の長さが年齢に反比例すること(ジャネーの法則)は皆さんも実感としてもっているとは思いますが,その理由が,脳に入ってくる新しい情報量が少なくなるためという考え方は,新鮮に感じました.研修医の頃,手術時間が長く感じられ,お昼になるとお腹がすいて仕方なかったのが,年をとって自分が術者になると,手術の時間の経過があっという間に感じてしまうのも,同じような理屈になるのでしょうか.折しも2017年のノーベル医学生理学賞は,体内時計の遺伝子とメカニズムを発見した,ブランダイス大学Jeffrey C. Hall博士,Michael Rosbash博士,ロックフェラー大学のMichael W. Young博士に決定しました.彼らはサーカディアンリズムを形成する分子であるperiod遺伝子やtimeless遺伝子を発見し,そのメカニズムを解明しました.時間に関しては,哲学,物理学,生理学の各方面から今後も解明が進んでいくのでしょう.

基本情報

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Neurological Surgery 脳神経外科
45巻12号 (2017年12月)
電子版ISSN:1882-1251 印刷版ISSN:0301-2603 医学書院

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