Japanese
English
特集 小児科医のキャリア・デザイン~「こども臨床」の魅力を語る
キャリア・デザインをめぐるあれこれ
サブスペシャルティの選択の1例 アレルギーを選んだ理由
小林 茂俊
1
KOBAYASHI Shigetoshi
1
1帝京大学医学部小児科・アレルギーセンター
pp.57-59
発行日 2024年1月1日
Published Date 2024/1/1
DOI https://doi.org/10.24479/pm.0000001462
- 有料閲覧
PPV購入案内
2,750円 (2,500円+税10%) こちらは、57ページから59ページの文献です。
PPV(ペイ・パー・ビュー)とは、論文(記事)単位で購入・閲覧ができるサービスです。
購入には医書.jp本会員登録が必要です。
会員登録完了後に改めて上記「購入サイトへ」を選択してください。
または「購入サイトへ」選択後に「購入ログイン」、「新規会員登録」の順に進んでください。
会員登録について詳しくはをご確認ください。
購入には医書.jp本会員登録が必要です。
会員登録完了後に改めて上記「購入サイトへ」を選択してください。
または「購入サイトへ」選択後に「購入ログイン」、「新規会員登録」の順に進んでください。
会員登録について詳しくはをご確認ください。
- Abstract 文献概要
- 1ページ目 Look Inside
- 参考文献 Reference
原体験
「病気」というものを意識したのは比較的早かった。それは私が三重県の四日市市で生まれ育ったことと関連が深い。第2次池田内閣において1960年に国民所得倍増計画が発表されたが,重化学工業を軸として経済成長を目指す政策で,鉄鋼・石油精製・石油化学を結ぶコンビナートを造る太平洋ベルト地帯構想が提唱された。そのトップを切ったのが四日市コンビナートである。コンビナートは市に豊かな税収入をもたらした反面,四日市ぜんそくとして知られる深刻な大気汚染をひき起こした。子どものころ,教科書,報道番組だけでなく,ヒーローアニメのなかにも四日市の名前が登場することがあって,複雑な感情を覚えたものである。

© tokyo-igakusha.co.jp. All right reserved.

