Japanese
English
連載 学校という“器”に何を求めるか・2
大学化の中,看護学校で学ぶこととは
宮子 あずさ
1
1東京厚生年金病院
pp.118-123
発行日 1994年2月25日
Published Date 1994/2/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1663900785
- 有料閲覧
PPV購入案内
1,320円 (1,200円+税10%) こちらは、118ページから123ページの文献です。
PPV(ペイ・パー・ビュー)とは、論文(記事)単位で購入・閲覧ができるサービスです。
購入には医書.jp本会員登録が必要です。
会員登録完了後に改めて上記「購入サイトへ」を選択してください。
または「購入サイトへ」選択後に「購入ログイン」、「新規会員登録」の順に進んでください。
会員登録について詳しくはをご確認ください。
購入には医書.jp本会員登録が必要です。
会員登録完了後に改めて上記「購入サイトへ」を選択してください。
または「購入サイトへ」選択後に「購入ログイン」、「新規会員登録」の順に進んでください。
会員登録について詳しくはをご確認ください。
- Abstract 文献概要
- 1ページ目 Look Inside
私が看護大学を選ばなかったわけ
大学をやめて,瞬間的な解放感を満喫した私は,すぐにまた受験の厳しさに直面することになった.
と言うのも,高校1年でねらいを私大文系にしぼって以来,理系の勉強を完全に放棄していた私にとって,9月から2月までの半年間で数学と理科の勉強をするのは,生易しいことではなかったのだ.加えて,1年半の大学生活でまるで勉強しないだらけた生活に慣れ切っていた.心は焦るが頭は働かず,腰はふわふわ遊びに行きたがって落ち着かず―.

Copyright © 1994, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.

