Japanese
English
建築と設備・97
順天堂医院新本館の設計
伊藤 誠
1
1足利工業大学
pp.571-576
発行日 1994年6月1日
Published Date 1994/6/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1541901256
- 有料閲覧
PPV購入案内
1,320円 (1,200円+税10%) こちらは、571ページから576ページの文献です。
PPV(ペイ・パー・ビュー)とは、論文(記事)単位で購入・閲覧ができるサービスです。
購入には医書.jp本会員登録が必要です。
会員登録完了後に改めて上記「購入サイトへ」を選択してください。
または「購入サイトへ」選択後に「購入ログイン」、「新規会員登録」の順に進んでください。
会員登録について詳しくはをご確認ください。
購入には医書.jp本会員登録が必要です。
会員登録完了後に改めて上記「購入サイトへ」を選択してください。
または「購入サイトへ」選択後に「購入ログイン」、「新規会員登録」の順に進んでください。
会員登録について詳しくはをご確認ください。
- Abstract 文献概要
- 1ページ目 Look Inside
はじめに
天保9年(1838年)佐藤泰然の創設した蘭学塾順天堂は,明治8年(1875年)あとを継いだ佐藤尚中の手により湯島の現在地に移されて順天堂医院となった.尚中はその頃「洋医界の泰斗」1)として大学東校大博士に任ぜられている.3代佐藤進は外科学の第一人者として西南戦争(明治10年)で大きな働きをしたが,その時の一挿話をまとめたのが渡辺淳一の出世作『光と影』2)である.
第二次大戦後いちはやく,専門学校だった順天堂の大学昇格に尽力したのが第4代佐藤達次郎で,その名を記念した病棟が3号館である.大学の付属病院に発展した今日でもこの輝かしい“医院”の呼名は変えていない.

Copyright © 1994, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.

