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精神病院わが病院づくり
100年後を考えた病院づくり—旭山病院の開設と経過
石橋 幹雄
1,2,3
Mikio ISHIBASHI
1,2,3
1医療法人北仁会
2小樽石橋病院
3札幌旭山病院
pp.170-173
発行日 1987年2月1日
Published Date 1987/2/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1541209010
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旭山病院の母体
旭山病院は昭和55年に開設された精神科を主体とした420床の病院である.
経営は医療法人北仁会であるが,法人の母体となったのは昭和9年に小樽市に創設された石橋病院である.私が石橋病院に勤務するようになったのは昭和42年からで,院長は日本精神病院協会の会長を務めた石橋猛雄であった.20床から30床ほどの病棟が十数か所に分散していて,その病棟の2階に院長も看護の人たちも居住していて,そこに若い職員が通勤してきた.中央詰所というのがあって,そこだけは三交代制を取っていたが,各病棟は経験のある責任者の看護婦(看護士)が毎日24時間勤務の状態になっていた.

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