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連載 医者も知りたい【医者のはなし】 4
佐賀吉野ヶ里遺跡を取巻く江戸の名医たち―日本医学の近代化に関わった五人の医師
木村 專太郎
1
Sentaro Kimura
1
1木村専太郎クリニック
pp.652-655
発行日 2003年5月1日
Published Date 2003/5/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1408100709
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※はじめに
佐賀県神埼にある吉野ヶ里を中心にして東西南北に,江戸後期と明治初期に活躍した4人の医師の故郷がある.伊東玄朴(1800-1871),高松凌雲(1836-1916),相良知安(1836-1906),と佐野常民(1822-1902)である.また吉野ヶ里から東に少し離れた秋月藩(現在の福岡県甘木市内)の藩医緒方春朔(1748-1810)も有名である.彼は牛痘以前の人痘の種痘を広めた医師である.
今回は総論として,5人の医師の簡単な紹介と,和蘭医学(略して蘭医学)が江戸後期に栄える原動力となった牛痘種痘の普及のこと,それ以前の背景などを述べてみたい.

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