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はじめに:「ご安全に」が教えてくれたこと
「integration(統合)からinclusive(包摂)へ」と福祉の理念が進展する中で,作業療法は試行錯誤を重ねながら就学・就労の支援を前進させてきた.作業療法は変化する制度や社会通念に応じた当事者の社会参加を模索してきたのであり,「合理的配慮」という言葉が登場する以前から適切な配慮とは何かを求め続けてきた.しかしながら,作業療法として社会参加や社会適応を求めながらも,実際のアプローチは個人の変化を求めた個別支援という様相を取ることが多かったのではないだろうか.
私が初めて就労を見据えた支援を経験したのは約25年以上前のこと.「合理的配慮」という言葉はまだ登場しておらず,「プレ・ボク」と呼ばれた職業前訓練(pre-vocational training)が行われていたころの事例から本稿を始めてみたい.
Aさん(当時40代,男性.左片麻痺)との出会いは,外来診療に移行するタイミングで生活支援の継続を目的に私が担当となってからのことである.左半側空間失認を認め,自身の病態の捉え方も不十分な状況にあり,雨の日であろうが台風の日であろうが,予約した診療日時には必ず来院し,剃り残しのある無精ひげの顔でニヤッと「おはよう,先生」と挨拶される.
ある日,ソーシャルワーカーから職場よりAさんの復職についての相談がきていると聞き,内心驚いた.回復も半ばの状況で何から始めようかと戸惑いながらも復職に向けての面談をスタートさせた.ソーシャルワーカーの情報では,入院中,上司や人事担当者が頻回に訪れ,「待っているから」,「リハビリに専念して,また一緒に働こう」と復職に向けての環境は整っている様子であった.実は,作業療法の経過としては思うように進まず,Aさんに対し復職に関する質問をすると,「まだ,わからないね……」と言葉を濁すことが多かった.
それでも,交通機関の利用も安全にできるようになったころに,Aさんに「一緒に職場に行ってみませんか?」と提案した.Aさんから職場に了承を得てもらい,病院で待ち合わせ,バスに乗り,電車に乗り換え,職場へと移動.Aさんの職場は日本でも有名な製造業の企業であり,広い敷地面積を有していた.従業員通用門から事務所まで歩いて約10分.いつも外来で見る顔つきのAさんにゆっくりと案内されながら歩いていた.
「ご安全に」.同僚とすれ違いざま,厳しい顔つきでAさんは言葉を発した.それに気づいた同僚の方も,「ご安全に.Aさん,戻ってきたんだね」と返した.Aさんと同僚の目には涙があり,言葉少なに目を合わせ,その場をあとにした.われわれが事務所に到着すると,Aさんは上司に淡々と現状報告を始めた.
現在の就労支援の言い方ならば,“Place-then-Train”(就労しながらの訓練)ということになるのだろうが,今さらながらこの言葉の重さがわかる.作業療法士は,その人のoccupational profileやwork personalityをどのように把握し,構造化していくと,その人の望む参加支援につなげることができるのだろうか.
本稿では,当事者の失敗につながりそうな,もしくは支援する側が困惑するような事例を紹介する.作業療法士として支援を行う中で,この「みえない壁」がどのように立ち現れるかを考えてみたい.提示する事例は,この壁がどのように立ち現れてくるかを意図し,いくつかの事例を統合した架空のものである.事例1では,修学支援にて合理的配慮に基づく対応が当事者のニーズとずれた支援へと変化していく聴覚障害者への支援に関するものである.事例2では,就労として職務遂行ができているにもかかわらず,就労継続が困難となった広汎性発達障害者が登場する.

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