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はじめに―緩和ケアについて
1990年,筆者が医学部6年生の時,病院実習で体験した患者とのやり取りをいまだに忘れることができない。それは大学病院の放射線科病棟だった。当時の教授が全国に先駆けて緩和ケア病棟を意識した入院環境作りに取り組んでおり,その時に筆者は初めて緩和ケアの概念を知った。一方,時代はまだ病名告知に開かれてはいなかった。その病棟も緩和ケアを名乗っていなかった。実習でその病棟に入ったある日,車いすでゆっくりと自走する青白い顔の痩せこけた男性が筆者の前で止まり,唐突に「私の病名は何ですか?がんでしょ?」と言った。悲壮感漂う表情に気圧されながら,その方の病名を本当に知らなかった筆者は「申し訳ありませんが,知りません」と答えるのが精一杯だった。患者は悲しそうな目をして去って行った。その後,ナースステーションに行ってカルテを見た。末期の胃がんだった。本人には重い胃潰瘍と告げられていた。筆者は学生ながら,強い違和感を覚えた。本人に病名を告げずして緩和ケアが成立するのだろうかと。それを指導医にぶつけてみたところ,家族のキーパーソンには病名を告知するが本人にはしない,そして,その状態で医療者が緩和ケアを意識しながら治療に当たるという答えだった。具体的には,患者がしたいと望むことをできるだけ叶えるという方針で,病棟での飲酒が許されていた。それは画期的なことだとも言われた。そのような指導医の説明を聞いても釈然としなかった。筆者の違和感の大元は,自分の病名を知らずして心の準備ができるのだろうかということにあった。それに,そもそも患者は本当のことを知りたいと思っているのではないだろうか,学生にまで真剣に尋ねてくるのだから,とも思った。
1990年代後半からがん告知が広がり,2016年の国立がん研究センターの調査によると,全国の告知率は90%以上に達している(岡村,2022)。今やがん告知が当たり前の時代になった。もう一つ自験例を紹介しておこう。2018年,大学病院精神科の一般外来での出来事である。うつ病で通院している筆者の患者が予約外の飛び込みで受診した。それまではうつ病の寛解が維持されていたが,その日は違った。表情は明らかに曇り,沈み込んでいた。「今,泌尿器科に行ってきました。検査の結果を聞きに。そこでいきなり膀胱がんと言われました。びっくりしました。ショックです。それも,治療すれば治りますよ,なんて軽いノリで言うんですよ」と怒りをにじませた抑うつ反応を呈していた。泌尿器科の外来担当医は若い医師であった。がん告知が当たり前過ぎて,バッドニュースの伝え方の配慮がおろそかになってきているのだろうか。患者は自分のことを知りたいであろうが,「がん」という響きは医療者が思う以上に患者に精神的ダメージをもたらす。バッドニュースの伝え方の配慮は欠かせない。がん患者の自殺は診断後1カ月以内が最も多いことが判明しているが(Kurisu et al, 2023),これはがん告知の繊細さを物語っている。どんなに早期あるいは軽度のがんであっても,告知の時から緩和ケアが始まるというのが筆者の持論である。
以上,がんの話をしてきた。緩和ケアと言えば,まずがんであろう。がん告知と緩和ケアの広がりは一体化している。今回の特集のテーマは「老いに向き合う」である。加齢に伴いがんの罹患が増えるから緩和ケアがここで取り上げられたものと拝察する。しかし,本稿の執筆機会を与えていただいたのを機に,緩和ケアはがんだけに用いるものではないという筆者の考えを述べておきたい。緩和ケアとは身体の痛みを和らげるだけではなく,死を思わせる不安と苦悩の状況に対する精神面のケアを含む。死を思わせる不安と苦悩の状況とは,実存の危機とも言い換えられる。実存の危機に対応できるケアがスピリチュアルケアである。つまり,緩和ケアの精神面の中核がスピリチュアルケアなのだ。これは精神科医療従事者だけではなく,臨床現場に携わるすべての人がそのエッセンスを身につけておくべきと筆者は考えている。以下,スピリチュアルケアについて私論を展開する。なお,本稿は拙論「『生きることの意味』私論」(張,2024)と重なりがあることをご容赦願いたい。

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