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Ⅰ 性加害行動を繰り返すことはアディクションなのか
1.性行動に関する用語と本稿におけるクライエント
性の問題は,衝動性とアディクションと反社会性が混同されて論じられやすい。最初に伝えておきたいのは,DSM-5においても,ICD-11においてもセックスアディクション(性依存/性依存症)という言葉は使用されていないということである。性依存という用語はDSM-5では検討はされたが採用されず,性嗜好が一般的ではないだけのparaphilia(性嗜好異常)と,そのことが本人の苦痛を引き起こしているか,同意のない他者に対し実行しているparaphilia disorder(性嗜好障害群)に分けられ,性嗜好障害群を嗜癖行動障害群に入れることは議論の余地があるとして別の群にされた。また性依存と聞いて多くの人がイメージするような,不特定多数とのセックス・風俗・マスターベーションにのめりこむような行動は,DSM-5では過剰性欲として検討されたがこちらも正式には採用されず,ICD-11においては強い性欲の問題ではなく衝動制御症群の1つとして強迫的性行動症という名称となった。時代によって移ろう医学的な基準をもってそれが正解だというつもりはないが,たとえそれがアディクションのように見え,そう説明すると合点がいったり,アディクションに対する介入が応用できたりしたとしても,「性の問題=アディクション」ととらえることにはたくさんの疑問があることは知っておく必要がある。
また,衝動制御の問題(強迫的性行動症)と反社会性(人権侵害)の境界線を明確にしておくことも重要である。性加害行動の前や犯行を繰り返している最中に強迫的なマスターベーションや過剰なポルノ使用など性的行動への耽溺(強迫的性行動症と同種の行為)がみられることはあるが,これらは性加害を実行に移すリスクの一つでしかない。性的行動への耽溺をもって未来の加害者予備軍のように扱うことは不当なイメージづくりですらあり,反社会的行為に至らない強迫的性行動症の人の自己評価をゆがめ,支援につながることから遠ざからせることにもなりかねない。衝動統制の問題を持つADHDの人たちがすべて犯罪者になるわけではないように,同様の症状があっても犯罪をしない人はたくさんおり,強迫的性行動症はそれとして,反社会的行動とは切り離した治療の対象とされるべきである。
本稿でのクライエントであり介入のターゲットとするのは,現在の社会において非行・犯罪,もしくは性的ハラスメントと認定されるであろう,同意のないもしくは同意能力のない他者に対して性行動を実行する行動とする。医学的診断の有無にかかわらず,さまざまな動機で性という手段を使って他者の人権を侵害する人全般と,性嗜好障害群と強迫性性行動症の人たちの中で実際に他者に実行した人たちとその反社会的な行動とする。

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