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I はじめに
筆者の勤務する開業相談機関(東京都渋谷区)には,ドメスティックバイオレンス(以下,DV),虐待,いじめ,ハラスメントや性暴力など,さまざまな暴力に関する主訴をもつクライエントが訪れる。DVを受けた妻から聴く夫像,加害行為をした夫が語る妻像,そして面前DVを受けた子どもが描く父母像がまったく異なるなど,被害者と加害者の物語が合致しない家族の事例は数多くある。クライエントとともに被害と加害が入り混じる物語を整理し,何が起きたのかを捉え直す過程で,家族における暴力の構造が浮かび上がってくる。
「令和5年度版犯罪白書」(法務省,2023)によると,児童虐待加害者は父親等の割合が71.6%を占め,うち実父は全体の43%,実母は23.6%であった。また,一般生活者を対象とした「令和5年度犯罪被害類型別等調査結果報告書」(警視庁,2023)では,児童虐待の加害者は父親が50.5%,母親が27.5%となっている。同報告書によれば,虐待を受けた本人以外の被害者が「いなかった」という回答が49.5%でもっとも多く,次いで兄弟姉妹(38.5%),母親(27.5%),父親(1.8%)の順となっている。これらの調査結果から,児童虐待の主たる加害者は母親であるという固定観念は覆されると同時に,その背景にDVの存在は無視できないことが明確に示されている。
それぞれの暴力の背景にある権力の非対称性を考えると,夫/父親による暴力と,妻/母親による暴力を同質のものとして扱うことはできないだろう。本稿では,カウンセラーの立場から,男性(夫/父親)の加害行為の背景にある心理を,家族内の暴力における権力勾配の視点で論考したい。
Herman(1992/1996)やDutton(2000/2011)の著書でも述べられているように,加害者の多くはかつての被害者でもある。そのため,加害行為をした人を一面的に加害者と呼ぶことには逡巡するが,本稿ではあえて一側面に絞り,「加害者」と記すことにする。

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