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はじめに―出生前検査の現状
本来,出生前検査は胎児の疾患情報を得ることで出生後に適切な医学的管理をすることを目的として行われる検査である。しかし現状は,胎児疾患が見つかった場合には人工妊娠中絶をすることがほとんどであり,「命の選別」として生命倫理的観点から議論されている。出生前検査をめぐっては,「当事者の生殖に関する自律的な意思決定(リプロダクティブ・ライツ)」と,「胎児の生命の尊厳,生きる権利」が対立する状況が生まれる。
産婦人科診療ガイドライン―産科編(日本産科婦人科学会・日本産婦人科医会,2023)によると,妊婦健診で行われている超音波検査も出生前検査の一つである。妊娠初期にnuchal translucencyを計測することにより胎児の染色体疾患のスクリーニングが可能である。また,一部の胎児異常の確定的検査でもある。したがって,妊婦とパートナーに検査の意義やその後に起こりうる状況と対応について十分な説明を行い,希望した場合にのみ実施されることが望ましいとされる。当事者が「出生前検査を受けている」という認識がないまま超音波検査を受検していると,思いがけず胎児疾患の可能性を知ることになる。
他のスクリーニング検査として,母体血清マーカー検査,無侵襲的出生前遺伝学的検査(Non-Invasive Prenatal Testing:NIPT)が挙げられる。これらは妊婦の末梢血を用いて行う非侵襲的検査である。NIPTは母体血清マーカー検査より検査可能時期が早く,陽性的中率が高いとされ,近年はNIPTの実施数が増加している。いずれも非確定的検査であり,陽性の場合は侵襲的検査である絨毛検査,羊水検査による確定診断が必要である。
出生前検査に際しては専門家による遺伝カウンセリングを受け,検査の目的や得られた結果を正しく理解したうえで意思決定を行うことが望ましい。しかし実際には十分な情報提供がないまま母体血清マーカー検査やNIPTを受検していたり,陽性判定後の意思決定支援が受けられていないケースがみられる。そこで,2021年に日本医学会に設けられた出生前検査認証制度等運営委員会によって出生前検査の情報提供や施設認証が行われるようになった。認証施設においては,出生前検査に関する適切な情報を提供し,専門家による遺伝カウンセリングを実施し,陽性判定後も意思決定を支援する体制が作られている。出生前に小児科医から児の疾患や医療・福祉制度について情報提供を受けることもできる。しかしながら,認証外施設でのNIPT受検のニーズは依然として存在している。施設へのアクセスの良さ,受検しやすさ(インターネット予約,当日受検,結果は郵送など),費用が安いなどがその理由である。また,認証施設では21トリソミー,18トリソミー,13トリソミーを対象としてNIPTが実施されているのに対し,認証外施設においては,当事者の希望によりそれ以外の胎児疾患や性別を対象として実施されていることがある(2025年2月現在)。
出生前検査はマス・スクリーニングではなく,あくまで妊婦とパートナーの自律的な意思で行われるものであり,胎児の疾患情報を知り,自らが産むか産まないかを選択しなくてはならない。子どもの生命の存続を親が決めることの心理的負担は大きいにもかかわらず,一部の認証外施設においては十分な遺伝カウンセリングが行われないまま「安心のために」「みんなが受けているから」と安易に受検するケースも少なくない。陰性という結果を得て妊娠継続を選択することも,親が子どもの生きる価値を決めているのではないか。陽性であれば人工妊娠中絶を選択するということは,子どもに生きる価値がないと決めているのではないか。このような考えが浮かび,意思決定のプロセスで葛藤が生じるのは当然のことといえる。一部の当事者においては過剰な防衛機制が働き,否認や合理化されたまま葛藤が遷延していることもある。
本稿では,出生前検査における意思決定のプロセスにおいて生じるさまざまな心理的問題と心理的援助について検討する。

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