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I 少年院という場所から
少年院は,法務省が所管する矯正教育施設で,家庭裁判所の審判を経て保護処分として送致された,おおむね12歳以上26歳未満の若者が生活する場所です。刑事罰とは異なる「教育」の枠組みのなかに位置づけられており,在院期間は平均して1年前後,長い場合で2年程度になることもあります。施設内では生活指導,教科指導,職業指導,そして出院後の生活を見据えたさまざまな支援が行われています。
ソーシャルワーカーはそのなかで,主に福祉的支援を必要とする少年のアセスメントと,出院後の生活設計に関わっています。家庭環境の調整,福祉制度の活用,就労・住居・医療など地域資源との接続―少年院を「出口」として,その少年が地域でどう生きていけるかを一緒に考えることが仕事の中心です。ただ,少年院はその少年の人生のある一時期だけを切り取って関わる場所でもあります。入院前にどんな環境のなかを生きてきたか,出院後にどんな場所へ戻っていくか―その全体像は断片的にしか見えてきません。
入院前の経緯は記録として手元に届きます。非行の内容,家庭環境,学校での様子,これまでの補導歴や相談歴は,それまでに関わってきた関係者の言葉として,それなりに把握できます。そうした記録を読んでいると,「こういう少年が来る」というイメージが先に作られていきます。しかし実際に会ってみると,そのイメージとはずいぶん違うことがほとんどで,記録はその少年の一部を伝えてはいますが,一部でしかありません。
少年院に来る若者の多くは,以前にも家族に,学校に,警察に,あるいは子どもの相談機関などに何度か助けを求めていることも少なくありません。しかしそのたびに手応えのない反応が返ってきたり,話したばかりに説明もなくどこかに連れて行かれるという経験をしていたりする者も少なくなく,自分のことを話すという行為への不信感は,そうした繰り返しのなかで育まれていきます。助けを求めるたびに傷ついてきた若者にとって,「相談する」という選択肢はすでに意味を失っていることがあります。何も変わらなかった,怖かったという感覚とともに,自分のことを語るという選択肢が,いつの間にか閉ざされていったのではないかと感じています。
彼らがいわゆる「危ない場所」に向かうとき,よく「わかっていてもやめられなかった」という言い方をされます。しかし「危ないとわかっている場所」と「安全かもしれないがそれだけの場所」を天秤にかけたとき,前者を選ぶことは,自分の人生を自らの力で切り拓こうともがく若者の,ある種の前向きな行動として受け取ることもできるのではないでしょうか。
行政の窓口や支援機関という選択肢は,先がなんとなく見えてしまいます。決まった手続き,決まった支援,決まった「更生」の道筋。それ自体が悪いわけではありませんが,その先に「自分の居場所」が見えない。一方,繁華街や不良交友という選択肢は,危険だとわかってはいます。でもそこには一発逆転のチャンスが見える気がする。自分を必要としてくれるかもしれない誰かがいる。まだ知らない世界がある。先は見えませんが,それゆえに一縷の希望が見出せる瞬間があります。
考えてみれば,若者という時期は,人生のなかで初めて自分で何かを選べる世代でもあります。それまでは家庭も学校も,多くのことが誰かに決められてきました。若者たちはこうした選択肢の前に立ち,家庭や学校では得られなかったものを選んでいきます。傍から見れば,目の前の遊興に耽り自暴自棄に陥っているように映るその選択も,少なくとも最初は,自分の人生に何かを賭けようとしたある種の挑戦であり,確実に自分で選んだという感覚を味わえる初めての行動だったのかもしれません。

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