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I 「桃太郎」が問いかけるもの――3冊の「桃太郎」
誰もが知る桃太郎の物語。私の手元には,この勧善懲悪の物語を多様な視点から描き,私たちの信じる「正義」を考えさせられる絵本が3冊ある。
1冊目の『桃太郎が語る桃太郎』(クゲ,2017)では,桃太郎の主観で物語が語られる。そこでの桃太郎は勇猛果敢な英雄ではなく,鬼に怯えながらも,必死の思いで鬼と戦う。2冊目の『芥川龍之介の桃太郎』(芥川,2024)は,平和な楽土で安穏に暮らす鬼たちが,突然現れた桃太郎らに理不尽に殺戮されるという,価値観が完全に反転した物語である。3冊目の『空からのぞいた桃太郎』(影山,2017)では,まるでドローンで撮影したかのように終始「空からの視点」で物語が描かれる。そして,平和な鬼ヶ島の日常に桃太郎たちが容赦なく討ち入る様子が,極めて客観的かつ第三者的な視点で淡々と描写されている。
いじめの重大事態が発覚したとき,社会や世間は往々にして,事案を単純な「桃太郎」の物語として解釈しようとする。すなわち,加害側を絶対悪の「鬼」,被害側を善と白黒に分け,悪い鬼を断罪する「鬼退治」こそが「正義」だとする構図である。しかし,こうしたわかりやすい「正義」の執行は,時に新たな排除と暴力を無自覚に生み出す。実際に調査を進めるうち,ステレオタイプな悪とは異なる光景が見えてくることがある。
いじめの重大事態調査に求められるのは,世間の「鬼退治」の論理から距離を置き,『空からのぞいた桃太郎』のような「俯瞰的で客観的な視点(公平・中立性)」を保つことである。しかし,人の心に寄り添うことを生業とする心理職は,安全な上空からただ冷静に傍観していることはできない。被害者の「痛み」に触れ,同時に,加害者も抱える「痛み」や,「学校現場の現実」に直面したとき,俯瞰の距離を保てなくなり,「どちらの正義が正しいか」という葛藤の渦中で,心理職が追求すべき真の「ソーシャルジャスティス」が問われることとなる。
本稿では,この「鬼退治」の論理だけでは解決できない“いじめ事案”において,心理職が直面する葛藤と,複数の真実を抱えつづけることの重要性について述べる。

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