特集 26ケースで学ぶ臨床心理アセスメント――インテークとフィードバックをつなぐ〈スキル7〉
小さな出来事が波紋を広げるとき――組織における「過覚醒」の心理アセスメント
山口 貴史
1
1愛育クリニック
pp.207-214
発行日 2025年8月30日
Published Date 2025/8/30
DOI https://doi.org/10.69291/cp25070207
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1 はじめに―ちょっとしたインシデントが呼び起こす「過覚醒」
クライエントの右手から投げ放たれた粘土の塊が目元を直撃した瞬間,私は何が起こったのかわからなかった。そのままメガネも飛んでいってしまったから,よく見えない。目よりも鼻が痛い。鼻パッドが当たったのだろうか。かすんで見えるのは近視のせいで,失明の危険性はなさそうだ。でも,なんだか呼吸が浅くなっている。頭も真っ白に―。
こうした一見些細なインシデントに心当たりのある読者も多いのではないだろうか。一本のクレームの電話やプレイセラピーのオモチャの紛失が思いのほか心をざわつかせ,じわじわと組織全体に波紋を広げることがある。
本稿で扱うのは,面接中に小学生のクライエントが粘土を投げ,筆者(セラピスト)のまぶたがわずかに腫れた出来事である。重大な事故ではない。だがこの小さな出来事が,母親のクレームを招き,スタッフ間に緊張を走らせ,私自身にも激しい動揺を引き起こした。本稿では,「なぜこれほどの混乱が起きたのか」「どうすれば組織の揺れを鎮められるのか」を,事例をもとに考察したい。
鍵となるのは「過覚醒(過度の情動的な昂ぶり)」である。些細な出来事が強い不安や自責を呼び,冷静な判断力を奪い,気持ちの昂ぶりが周囲に伝播していく。しかし,過覚醒の連鎖は必然ではない。状況をアセスメントし,スタッフ同士が率直に話し合い,防衛的な空気をゆるめることで,その気持ちの昂ぶりを和らげることができる。本稿の焦点は,まさにここにある。

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