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ヒトを含む動物にとって,痛みの感覚は危険な状態を察知しそれを避けることで身の安全につながる。一般に無脊椎動物には痛みがなく,脊椎動物にはあるといわれている。また,動物が進化を経るに従って,痛みを感ずる能力は増している。正確には痛みを適切に感知することで生存に有利となり,進化が可能となるのだろう。また,動物は痛みに遭遇した経験が多いほど学習を積み,環境適応能力を身につけることになる。ヒトは万物の霊長との例えがあるが,痛みに極めて鋭敏であり,サルと比べても痛みを感じやすい。例を挙げるとサルの出産はヒトよりもはるかに軽い。またサルに開腹手術を行っても,数時間以内に座ったり,木に登ったり,じゃれ合ったりしている1)。痛みの閾値が低いことで早期に助けを求めることができるようになり,進化を後押ししたことになる。痛みは当然ではあるが,痛んでいるのは自分の体の一部という自我意識が確立されていることが前提となる。したがって,痛みの認知機能は神経系の発達に依存している。つまりヒトが痛みに鋭敏であることと,高度に発達した神経機能とは双方向的に影響を及ぼしてきたといえる。このように考えると痛みは人類の進化の原動力になったといえる。狭義の痛みは純粋に身体的な障害に起因することが多い。痛みは基本的には神経が仲介する電気生理学的な現象であるが,知覚される強さは,過去の痛みの経験,精神状態,痛み刺激が生ずる誘因などにより影響される。たとえば,自己犠牲的に仲間を助けたいというような他利的な行動によって障害を受けた場合には,痛みが軽くなるといわれている。また痛みは性格,知性,心理状態,あるいは社会文化的な背景などにより修飾される。さらに痛みはあくまでも自覚されるものであり,第三者が推定するのは困難である。このため痛みを対象とした研究は,しばしばナラティブなものに終始しがちである。急性な痛みは確かに危険から身を避けるために意義はあるが,不必要に長引く慢性的な疼痛は耐え難いことに加え,活動力,意欲を殺ぐことで,生存にとって決して有利にならない。いわば目に見えない病気である。本稿では,痛みの性差をジェンダーとしての生物学的,社会的役割および性ステロイドホルモンの関与などに焦点を当てて解説する。
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