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Case パンデミック下の医療者が抱える倫理的葛藤
ベテラン看護師Aさんは,大学病院の一般病棟で看護師長として勤務していた.2020年,COVID-19の感染拡大に伴い,Aさんの病棟はCOVID-19対応病棟へと運用転換された.未知の感染症対応の経験がないスタッフたちは不安を抱え,Aさんはスタッフをサポートしながら,新たな業務体制の構築に奔走した.しかし,感染拡大が深刻化するにつれ,Aさんは深刻なジレンマに直面するようになる.病院全体で人員が不足し,度重なる増員要請も通らず,疲弊するスタッフを見ながら「このままでは質の高い看護を提供できない」という無力感に苛まれていた.また,個人防護具(PPE)が不足し,スタッフの安全を十分に確保できない状況に心を痛めていた.さらに,感染対策のための面会制限により,患者・家族との板ばさみになる場面も増えた.このような状況のなか,Aさんは不安,不眠,抑うつ状態などの症状が現れはじめた.臨床倫理コンサルテーションチームに「このような状況下で,管理者の役割を果たせているのだろうか」と相談が入った.
Case 医療資源不足下で問われる,末期がん患者の最善のケア
中堅看護師Bさんは,緩和ケア病棟で5年の経験を持つチームリーダーであった.ある日,Bさんは意識レベルが低下した末期がんの患者を受け持つことになった.患者の事前指示は明確でなく,家族は積極的な延命治療を希望していたが,医療チームは患者の苦痛を考慮すると,その選択は適切ではないと考えていた.状況をさらに複雑にしていたのは,医療資源の制約という現実的な問題であった.緩和ケア病棟では終末期医療を必要とする患者が増加の一途をたどり,新規患者の受け入れに支障をきたすほどのベッド不足が続いていた.病院は在宅医療への移行を積極的に推進していたが,地域の受け入れ体制は十分に整っておらず,その実現には大きな壁が立ちはだかっていた.「患者にとって最善のケアとは何か」――この根源的な問いに日々苦悩しながら,Bさんは臨床倫理コンサルテーションチームへの相談を決意することになった.

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