FORUM 戦争と医学・医療⑭
日本軍の遺棄化学兵器
-――被害者実態調査と医療支援
磯野 理
1
1京都民医連あすかい病院神経内科
pp.873-874
発行日 2025年3月8日
Published Date 2025/3/8
DOI https://doi.org/10.32118/ayu292100873
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中国黒竜江省チチハル市,2003年8月4日
2003年8月4日早朝,中国黒竜江省チチハル市内の団地の地下駐車場建設現場から古いドラム缶が5つ,パワーショベルで掘り出された.ショベルで壊されたドラム缶の中から液体が流れ出したとたん,あたりにカラシ臭が立ち込めた.すでに破損していたドラム缶から漏れ出した液体は周辺の土を汚染していた.現場の作業員たちは掘り出されたドラム缶を運ぶ際に土や液体に触れた.作業員15名と,ドラム缶を解体して鉄くずにした廃品回収業者など11名が被曝した.さらに,汚染された土は,庭土としてチチハル中学校校庭,個人の家などに運ばれた.中学校の土の山で遊んだ子どもたちや土を運んだ人々も被害にあった.判明しているだけで44名が毒ガスの被害を受けた.ドラム缶を掘り出したのは早朝だったが,建設現場の作業員たちに異変が生じたのはその日の昼頃だった.目が痛み,手で触れた部分の皮膚に赤い発疹が多数出現してそれが大きな水疱となり,やがて水疱は破れ,激しい痛みが襲った.病院に運ばれた人々は原因不明のため全員が隔離され,最終的に44名が隔離病棟に入院した.ドラム缶を解体中に液体を浴びた廃品回収業者のAさんは22日後に多臓器不全で亡くなった.ドラム缶の中身は,戦争中旧日本軍が国際法に違反して秘密裏に製造・使用し,敗戦と同時に地中に埋め,あるいは井戸や川に捨て遺棄した化学兵器のひとつ,びらん性毒ガスのSM(Sulphur mustard;マスタードガス)とLewisiteの混合物であった.
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