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ワクチンプラットフォーム
ワクチンの開発には,ターゲットとなる病原体および抗原の選定,ワクチンのデザインと生産,動物での前臨床試験,ヒトでの臨床試験,規制当局による認可,市場後における安全性および効果の継続的評価といったきわめて多くの段階を経る必要がある。現在のワクチンのプラットフォームは,従来の生ワクチンや不活化ワクチンに加えて,技術の革新によりmRNAワクチン,ウイルスベクターワクチン,タンパクサブユニットワクチン,ウイルス様粒子ワクチンなどさまざまな種類のプラットフォームが構築されている。今回の新型コロナウイルスパンデミック下においては,2022年12月の時点でグローバルには199種類のワクチン候補が前臨床試験段階,175の候補が臨床試験段階,そして約11種類のワクチンが認可もしくは緊急認可となっている1)。ワクチンの開発には,膨大な時間と資源が必要であり,とくにパンデミック下では国の全面的な資金援助が欠かせない。米国ではワープ・スピード作戦(Operation Warp Speed:OWS)と名づけられた行政と民間のパートナーシップによって,新型コロナウイルスワクチンの早期開発・実用化を目指し,主に4つのワクチンプラットフォーム(mRNAワクチン,非複製型ウイルスベクターワクチン,複製型ウイルスベクターワクチン,タンパクサブユニットワクチン)を用いたワクチン開発を支援していた(OWSはその後バイデン政権下で再編されてホワイトハウスのCOVID-19レスポンスチームに移行した)。政府による豊富な資金援助に加えて,重症急性呼吸器症候群(SARS)や中東呼吸器症候群(MERS)の流行時に行われた基礎となる研究の成果,さらに培養などを要さず遺伝子情報をもとに製造されるmRNAワクチンなどの新しい手法などによって今回の迅速かつ効果的で安全なワクチン開発が実現した。これは,膨大な過去の経験や科学的知見の蓄積なくしては成しえなかった。たとえばワクチンの歴史を遡ると,1960年代のホルマリン不活化RSウイルスワクチンの臨床試験において,ワクチン接種群にRSウイルス感染による入院例や死亡例がプラセボ群より多く認められるという事象が起きた。この病態は,ワクチン関連増強呼吸器疾患(vaccine-associated enhanced respiratory disease:VAERD)とよばれ,ワクチン接種者により重症な感染を逆説的にひき起こす病態であるが,ワクチンによって中和活性の低い抗体が産生されると,感染後に免疫複合体を形成して気道内炎症が惹起されることによって起きることが,その後の研究によって示唆された。また,2型ヘルパーT細胞に偏った免疫反応が起きることも,アレルギー性の炎症反応を介してこうした増強反応が起きることも指摘された。こうした反応は,同様な呼吸器系ウイルスであるSARS-CoV-1やSARS-CoV-2でも懸念されたため,今回の新型コロナウイルスワクチンの開発の安全面での課題は,高い中和作用を有する抗体を産生させ,かつ1型ヘルパーT細胞優位の免疫反応を惹起するワクチンの開発をすることであった2)。さらに数十年以上にわたるRSウイルスや従来のコロナウイルスの研究結果から,高い中和活性を有する抗体を産生するためには,構造学的に正確な結合前のスパイクタンパクをワクチンでデザインすることが重要であることが示唆されていた。現在,日本や海外で認可されているワクチンの多くは,こうした課題を乗り越え,開発段階でいずれも高い中和抗体反応を認め,かつ多くは1型ヘルパーT細胞優位の免疫反応も確認できた後に,さらなる試験を経て緊急認可にいたっている3~5)。
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