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はじめに
今,日本の医療界は,かつて経験したことのない複合的な課題に直面している。診療報酬の伸びはすでに頭打ちとなり,医療機関の収益環境は年々厳しさを増している。一方で,人件費,医療材料費,建築費といったコストは急激に上昇し,病院経営の収支を圧迫している。医療は本質的に労働集約型の産業であり,その中心は “人” である。優秀な人材を確保し維持するための費用は今後さらに増加すると見込まれ,貴重な人材の生産性を向上し,人的資源をいかに効果的に配分するかが経営上の大きなテーマとなっている。さらに,働き手の減少や価値観・労働観の多様化,ワーク・ライフ・バランス重視の浸透は,医療現場の人材マネジメントに新たな課題を突き付けている。また,医療の受け手側である患者構造の変化も著しい。高齢化の進行に伴い,複合疾患や全身状態の管理が難しい症例が増加し,患者の社会的環境も多様化し,診療や生活支援の難易度と負荷は確実に上昇している。結果として,医療機関における人材確保,人材の質向上,職員間連携の重要性はかつてないほど高まっている。同時に難易度が高い業務が増え,それらに対する効率化や生産性向上の期待も強まっており,現場運営は幾層にもわたるプレッシャーにさらされている。
一般的に,病院経営には以下のような構造的課題が横たわっている(図1)。
・現場至上主義:「経営は事務部門の仕事」という意識が根強く,現場職員の経営参画意識が希薄になりやすい。
・縦割り文化:診療科間の壁が高く,全院的な大胆な改革は思うように進まないことが多い。
・投資負担の重さ:医療機器や研究設備の更新には莫大な費用がかかり,財務負担が慢性化する。
・経営人材不足:多くの管理職は医療職出身で,経営や戦略立案の体系的教育を受けていない。
・医師マネジメントの難しさ:学術的自治と診療運営のバランスを取ることが難しく,全体最適より診療科単位の判断が優先されがちである。
これら人材が関連する課題や組織的な構造課題は,一部門の努力だけでは解決できない。しかし,病院の中で麻酔科は,手術部門を支え,集中治療や救急,さらには院内全体の安全管理にも関わる “戦略的中核部門” であり,麻酔科医は多職種と日常的に連携し,全身管理とチーム運営の双方に精通している。この特性は,上記の課題解決や組織運営において非常に大きな価値をもつと考えられる。
本稿では,変化の激しい医療経営環境の中で,麻酔科医が挑戦を続け,院内で存在感を高めるために必要な3つの視点― “戦略的中核部門としての認識” “マネジメント力の向上” “組織変革を推進する力” について述べ,病院経営の未来を見据えた麻酔科医のあり方に関する方向性を探っていく。

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