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は じ め に
骨は軟骨,筋肉,腱・靱帯とともに運動器を構成する重要な組織の一つである.運動器の異常は,日常生活に必要である身体機能の障害をきたす疾患を生じ,中には生命予後を脅かす重篤な疾患も存在する.特に遺伝性変異を原因とする先天性疾患の多くは難治性であり,また希少な疾患であることから,体系的な研究がすすんでおらず,有効な治療法が確立していないものも多い1).
骨は骨形成と骨吸収を繰り返す動的な組織であり(骨のリモデリング),そのいずれかの過程に異常が起これば,正常な骨はつくられない2,3).二つの過程の相互作用という複雑さのために,骨組織の病態を理解するにはin vivoのモデルが用いられてきた4).遺伝子改変マウスを用いた病態解明や候補薬剤の投与試験が行われ,疾患研究にも動物モデルは大きく貢献している5,6).しかし,in vivoにおいては骨のリモデリングに関わる個々の細胞を解析することはむずかしく,創薬のための大規模な化合物スクリーニングのようなアプローチをとることも容易ではない.また,ヒトの病態を理解するのに種の違いという点も問題となることがある7).
それに対して,in vitroではヒト細胞を用いてそれぞれの過程に焦点をしぼった解析を行うことが可能であり,初代培養細胞(骨芽細胞や間葉系間質細胞または破骨細胞),あるいはそれらを不死化した細胞を用いた実験が行われている8~10).遺伝性疾患の解析のために,患者由来の細胞を採取して解析を行うことも可能であるが11),組織採取は侵襲的であり,初代培養細胞は拡大培養を行うことが困難であるため,創薬に向けた大規模な化合物スクリーニングには適切ではない.また,原因遺伝子の変異を組み込んだ不死化細胞では,拡大培養はできても,変異遺伝子の発現が外因性であり,疾患メカニズムの正確な再現は困難である場合がある12).
iPS細胞は,皮膚線維芽細胞などの体細胞に数種類の遺伝子を導入して作製された,分化万能性(さまざまな種類の細胞に分化できる),自己複製能(分裂増殖を繰り返しても機能を保持できる)を有した多能性幹細胞である13).患者由来のiPS細胞を用いれば,拡大培養が可能な標的細胞を得ることが可能である.現在,その特性を活かして骨疾患に限らず,多くの遺伝性難治性疾患において,人工多能性幹細胞(iPS細胞)を用いた病態解析,創薬スクリーニングが行われている14,15).ただ,そのためにはiPS細胞を疾患の原因となる特定の標的細胞へ安定して効率よく誘導する,確固とした分化誘導系の確立が必須となる.
そこで,われわれは骨形成過程に焦点をあて,まずヒトiPS細胞からin vitroでの骨形成過程を再現する誘導系を確立した.その誘導系によって,骨形成過程の中心的役割をもつ骨芽細胞に障害のある骨形成不全症(osteogenesis imperfecta:OI)の患者由来iPS細胞を用いて病態再現を行い,さらに候補薬剤がその病態を部分的に改善する効果を確認したので,ここに紹介する16).
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